ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

森勇太(2011.4)申し出表現の歴史的変遷:謙譲語と与益表現の相互関係の観点から

森勇太(2011.4)「申し出表現の歴史的変遷:謙譲語と与益表現の相互関係の観点から」『日本語の研究』7(2)

要点

  • 申し出表現の考察を通して、テアゲル・テサシアゲルなどの「与益表現」の運用の変遷について考える
  • 前提、申し出における与益表現は、
    • 現代語ではおかしいが:先生、コーヒーを入れてあげます/かばんを持ってあげましょうか
    • 近世以前ではおかしくない:なんなら馬でも、雇てあげましやうか/私が汲で上ませう
    • テヤル(16-17C)、テアゲル(19C初)の成立時期については明らかだが、運用については明らかではない
  • 調査結果、
    • 中世末~現代まで、テマイラス・テシンズル・テアゲル・テサシアゲル
    • 近世以前と近代以後では、冒頭に見たように、与益表現の待遇価値が異なる

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p.20

  • これは、「話し手が聞き手に対して恩恵のある行為を行うことをどのように表現するか,という運用法の異なりの反映」である
    • 「話し手に利益のある事態は受益表現で示さなければならない」という語用論的制約があり、この制約が再解釈されて、「他者に利益のある事態を与益表現で示してはならない」という原則が導き出されたと考える
      • これは行為指示表現の歴史(依頼に受益表現の制約がかかる)とも並行する
    • また、現代語は利益を表さない謙譲語形式(お~する)と与益表現の両方を持つので上の原則から「お~する」が好まれるが、中世末期日本語にはそもそも与益表現しかない(ため、与益表現を用いやすい)ことも関連する*1

雑記

  • すごいけど、これだけで5人が暮らせるかな

esse-online.jp

*1:そしたら逆に、「制約がない」ことも説明できないように思う

山口明穂(1969.3)中世文語における接続助詞「とも」

山口明穂(1969.3)「中世文語における接続助詞「とも」」『国語と国文学』46(3)

要点

  • トモの接続の様相を通して、文語行為について考えたい
    • 詠歌大概註で宗祇は「ぬるとも」を「ぬるゝとも」に置き換えて説明する
    • 当たり前のことのようであるが、宗祇自身の作には終止形トモの例も多い
  • 単なる混同ではなく、「終止形として表現されているものを、理解するという次元において、連体形に置き換える」という傾向があったと考える
    • 宗祇だけでなく、八代集抄にも見られる
    • 前摂政家歌合も「くるとあくと」を判詞で「くるゝともあくるとも」とする
    • 春樹顕秘増抄も「かなを略すること」に「くるとあくと」を挙げる(すなわち、「る」が略されていると誤解する)
    • 成章・宣長に至って正しい認識が行われる
  • これが、中世文語ではどうであったかを見ると、
    • 宗祇の使用例は概ね終止形トモで、中世韻文においても連体形トモは少ない
    • この点において、日常の言語感覚と文学作品の間には屈折があったということになる
  • これは、係り結びを意識的に再現するといった行為とは異なり、「無反省的に」古代的表現を残したものと考える

雑記

  • まじで今年旅費ゼロ円の可能性ありますね

宮内佐夜香(2016.12)逆接確定条件表現形式の推移についての一考察:中世後期から近世にかけて

宮内佐夜香(2016.12)「逆接確定条件表現形式の推移についての一考察:中世後期から近世にかけて」青木博史・小柳智ー・高山善行(編)『日本語文法史研究3』ひつじ書房

要点

  • ドモ・ドからガ、ケレドモ・ケレドへの移行について考える
    • ドモ→ケレドモの過程が重要視され、ガの動向についてはあまり注意されてこなかった節がある
  • 噺本、歌舞伎狂言本の調査から分かること、
    • 使用率からは、
      • 第1段階「ガ」の増加、「ドモ」との均衡(中世後期・近世前期)
      • 第2段階「ケレド」類の発達、「ドモ」の衰退(近世中後期)
      • と、主形式の変遷は時間を空けて段階的に進行した
    • 上接動詞にも偏りはなく(固定化の傾向はない)、やはり、近世前期のドモは衰退傾向にない
  • ここで、ガの歴史について考える
    • 逆接でないガ(提示)が先行し、逆接のガは後発的であるが、
    • 提示のガは近世を通じて30-50%と、安定して出現する
  • ドモと比較するに、ガはドモと等価ではない
    • 対比的な逆接を表す
    • 後件を表す節が直接接続しない(しなくてもよい)
    • 主節の文末表現に制限がない(疑問、推量など)
  • 全体的な話として、条件表現史の中で逆接確定条件の流れは特異である
    • ガの増加は、ガそのものが発達したことによるもの(cf.格助詞→接続助詞、コト・モノ系)で、ドモと直接関わるわけではない
    • 従来形式の衰退が遅いという点で特異か

雑記

  • そういえば2年おきだからぼちぼち5が出るかな?2年早くないか?

宮内佐夜香(2015.3)近世後期における逆接の接続助詞について:上方語・江戸語の対照

宮内佐夜香(2015.3)「近世後期における逆接の接続助詞について:上方語・江戸語の対照」『中京大学文学会論叢』1

要点

  • 宮内(2007, 2013)を踏まえつつ、近世後期江戸語のドモ・ケレドモ・ガについて、特に、あまり考えられてこなかった上方の精査と、東西対照を目指す
    • 近世上方語では、ドモ・ガ拮抗→ガ優勢→ケレドモ優勢となる(金沢1994)が、単純接続のケレド・ガについても見るべき
    • 江戸語は基本的にガ>ケレドだが、ケレドが増加傾向にあり(宮内2007)、ド・ドモは慣用的な形式や位相の偏りがある(宮内2013)
    • すなわち、江戸語よりも上方語の方がケレドの発達が優勢であることは分かるが、その他のこと(単純接続の発生の遅速)は明らかでない

hjl.hatenablog.com

hjl.hatenablog.com

  • 上方語の調査結果に基づくと、
    • 上方はド・ドモ・ケレドが中心でケレドが近世後期に発達する(が、江戸語では一貫してガが優勢)
    • ドモの減少の領域にはケレドのみだけでなく、ケレドが優勢になる前に、「「ガ」も一度は勢力を伸ばしていたように見える」
      • ケレドの変化(増加)のタイミングという点では上方語と江戸語は共通する
    • ケレド類の増加は女性において起こっており、荘重スタイルの話者にはケレドは現れない
  • 機能面から見ると、
    • ガは安定して逆接・提示の両方に用いられるが、ケレドはほぼ逆接でしか用いられない。この点、共通する
    • が、上方の方が江戸よりも提示の例が現れるのが若干早い点は注意される

雑記

  • 接続助詞のことばっか考えてる、他の論文も読んだほうがいい

山口明穂(1972.3)中世文語における「つつ」についての問題:意味認識の過程

山口明穂(1972.3)「中世文語における「つつ」についての問題:意味認識の過程」『国文白百合』3

要点

  • ツツは秘伝書において以下のように記述され、あゆひ抄などでは認識されている「一つの動作の反復」についての説明がない
    • 程経之心(動作の経過)/二事相並(動作の並行)(手爾葉大概抄)
    • 「ほとをふる心」(春樹顕秘抄)
  • 中世以降のツツについて、
    • 平安時代に既に文語化しているとされ(吉田金彦)
    • 悦目抄(鎌倉末)にはカモ・スモ・ラシなどの古語化した語とまとめられている
    • ロドリゲス大文典では「話しことば」で触れられず、狂言にもほぼ例がなく、天草平家では置き換えられている
    • 「『手爾葉大概抄』や『春樹顕秘抄』あるいは、『分葉』などで、「つつ」の語が採り上げられ、解説されているのも、一つの理由として、それが耳遠い言語となっていたということが考えられる」
  • 秘伝書では「一つの動作の反復」の説明が欠けているが、これは当時の著述者がその意味を認識しなかったためである
    • 今昔で、本来ツツとある箇所が流布本でテやツに誤られる例があるのもそう
  • 今昔や平家には「「て」に通う「つつ」」の例があり、こちらは誤られにくかった(すなわち認識されていた)
    • 其辺ちかき侍の家におろしをきつつ、宰相ばかりぞ門の内へは入給ふ(少将乞請)
  • 継続・並行の意の理解はされているが、反復の理解は行われていない理由を考える
    • テ相当のツツは、ナガラなどで言い換え可能な領域であるが、
    • 動作の反復は動詞重複という、「語ではない」言い方で表すしかない(成章も「説きやすからず、いはんや里言あつべしともおぼえず」とする)
    • 「中世人は、思考を展開するにあたって日常会話の語を基にしていたと考えられる場合がある」ので、これもまた、日常会話語における同意語の欠如という観点から捉えられるだろう

雑記

  • 国語研DBに載ってない論文を報告するフォームが欲しい

蜂矢真郷(1984.5)動詞の重複とツツ

蜂矢真郷(1984.5)「動詞の重複とツツ」『国語語彙史の研究』5

要点

  • 終止形重複、連用形重複、ツツ、ナガラについて考える
  • まず終止形・連用形の重複について、
    • 終止形重複は、宇治拾遺・平家以降に副詞としてほぼ固定化(e.g. ナクナク)し、
    • 一方で連用形重複は宇治拾遺・平家以降に増加する
  • 終止形重複とツツの関係・共通性について見ると、
    • 上代はツツ優勢、中古にナガラが増加し、中世にツツが古語化することが知られている)
    • 既知のこととして、
      • 「動作の反復・継続」である点で共通し、
      • 重複はツツよりも具体性がある
    • また、逆接的に用いられることも共通する
      • ただし、「ツツは、シ・ヲ・ノミのように終止形の重複が下接する例のないものをも下接することがあり、係助詞だけでなく間投助詞ヲや副助詞ノミまで下接する点で、終止形の重複に比べてやや用法が広い」
    • 「類似のものに取って代わられる」という点も共通している
  • ツツの語源を何らかの重複と考えると、終止形重複とツツの類似性は、構成が同一であることに求められる
    • (ツの重複説(山田孝雄説)、東国語の動詞スの重複説(橋本進吉説)、ヅツ説(時枝説、ただし語源説ではない)がある)
    • また、ツツが動詞性を失っていることが、用法の広さや意味の抽象性、交替の遅さの要因である
  • ツツの衰退の要因は、中世以降にテと同じ意味で用いられるようになるという意味変容に求められる

雑記

  • 最近ちょっとしんどくなってきた

来田隆(1993.11)洞門抄物に於けるホドニとニヨッテ

来田隆(1993.11)「洞門抄物に於けるホドニとニヨッテ」山内洋一郎・永尾章曹(編)『継承と展開2近代語の成立と展開』和泉書院

要点

  • 洞門抄物のホドニ・ニヨッテを比較する
    • 接続詞のホドニは区別する
    • 接続詞ホドニは論理性の高い門参(報恩録、大中寺本参)に多く、語録・代語には少ない
  • 全体的な傾向として、
    • 口語性が高い(ヨ体・ゾ体)ほどホドニの使用率が高いが、関西系抄物(小林1973)に比すれば低い(すなわち、「古めかしさ」が現れている)
  • 上接語の種類を見ると、
    • ホドニは断定、完了、動詞の順、ニヨッテは動詞、完了、断定の順で、
    • ホドニには推量系が付くが、ニヨッテには付かない(上方と同様)
    • ホドニにはダホドニ・ナホドニの両方があるが、ニヨッテにはナニヨッテしかない
  • 後件を見ると、
    • 推量・意志・希望、疑問・反語、命令・禁止は、ホドニの後件にしか来ない
    • 以上より、「因果関係の把握が表現者の主観的判断に基づく場合」にホドニが用いられ、ニヨッテは「前件と後件との因果関係を客観的なものとして叙述する場合」にのみ用いられる

雑記

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