ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

蜂矢真郷(2021.3)上代を中心とするバ行動詞とマ行動詞

蜂矢真郷(2021.3)「上代を中心とするバ行動詞とマ行動詞」『萬葉』231.

要点

  • 上代を中心とするバ・マ行動詞の関係について、語構成の面から考える
    • 阪倉はムとブを「同一の接尾語の子音交替」とし、
    • 山口は「音変化より形態変化でないか」として、別途考えることを提案する
      • そう提案する理由は定かではないがバ行が上二段に、マ行が四段に偏ることも関連するか?
  • バ行動詞の例、
    • ク活用語幹ブ(タフトブ)、シク活用語幹+ブ(カナシブ)、名詞ブ(ウヤブ)、名詞サブ(オキナサブ)、動詞被覆形ブ(ウカブ)、感動詞ブ(イサブ)、その他ブ(ナラブ)
  • マ行動詞は、
    • ク活用語幹ム(タカム)、シク活用語幹ム(アヤシム)、シク活用語基ム(サダム)、名詞ム(トガム)、動詞被覆形ム(アガム)、感動詞ム(イサム)、その他ム(ハサム)
  • 以上の語数を示すと以下の通り

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p.12

  • バ行・マ行の両形を持つものには、形容詞語幹+ブ・ム(タフトー、トモシー、ウレシー)のものが多い
    • バが先行し、マが遅れるものも多い(タカブ→タカム、ハヤブ→ハヤム)
    • バ行上二段からバ行四段への変化があることも注意される
      • 「形容詞に関係するバ行活用の動詞は、アラブ・ウトブ・タカブなどが上二段であるやうに、イヤシブもタフトブも古く上二段活用であつたであらう」(春日1942)
  • 形容詞語幹+ブ・ムにおいて、活用の種類が異なるにもかかわらずバ行からマ行へと変化するのは、ミ語法+スと連用形+スの類似があることが考えられる
    • すなわち、ミ語法+ス(ナツカシ+ミ+ス)がマ行四段連用形+ス(ナツカシミ+ス)と異分析されたことによってマ行化し、
    • これが形容詞語幹以外にも及んだものと考えられ、
    • さらに、自他の分化によって(cf. 釘貫1990)マ行下二段の形成にも至る
    • このバ行上二段→マ行四段の中間に、バ行四段・マ行上二段
  • 追記、
    • ナム・ナブなどは、バ・マの両形があることからの類推によるか
    • マ行動詞は語幹末が濁音であるものが多く(アガム、カガム、ナガム…)、バ行にはそれがない
      • 濁音並列・共存忌避の法則に反するためで、バ行動詞よりマ行動詞が多いことに一つの理由であろう

雑記

  • これおもしろそう

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山田潔(2021.5)抄物における助動詞「べし」の変容:『毛詩聴塵』『両足院本毛詩抄』の本文比較

山田潔(2021.5)「抄物における助動詞「べし」の変容:『毛詩聴塵』『両足院本毛詩抄』の本文比較」『国語国文』90(5)

要点

  • 川村(1995, 1996)の分類にしたがって、毛詩聴塵のベシの両足院本での使用状況を分類する
    • A 観念上の事態成立主張用法
      • A1 現実世界接触用法…推量、兆し・気配、予定
      • A2 現実世界非接触用法…反実仮想、可能
    • B 事態の妥当性主張用法
      • B1 主張専一用法…事態の妥当性(適当・当然)
      • B2 事態実現希望用法…意志、命令
  • 以下、聴塵のベシと抄の対応とを見ると、
    • A1 「推量」は基本的にウ(特にウゾ)・ウズが対応
    • A1 「兆し・気配」(中西の様相的推定)は、断定を和らげるサウナ・ゲナが対応
    • A2 「反実仮想」はウズが対応し、「~タラバ…ウズモノヲ」が典型的
    • A2 「可能」はベシの場合も不可能(ベキヤウナシ)で現れやすく、抄ではウ・ウズヤウガナイに置換される
      • ベカラズも同様に置換されており、これはウ・ウズではなく、~ヤウガナイの方に(否定)可能の意味が移行していることを意味する
    • B1 「適当」はウズ単独では表さず、ウズヨイ・ヨカラウ・ヨサウナなどのヨイ系が担う
    • B1 「当然・義務」も同様、ウコトヂャ/ゾで表現され、ウズ単独では表しにくくなっている
      • 否定の場合には連用形ゴト構文が用いられており(居事デハナイゾ)、連用形+ゴトがベシの意味を含有することが注意される
      • B2 「意志」はウズに、「命令」は命令形に置換される
  • ベシの否定について、
    • ベカラズは、禁止の場合にナーソ、ーナ(特にバシが共起しやすい)、否定~命令形など、否定推量の場合はマイに
  • 以上、ベシの多義性が異なる形式で分担される萌芽が、毛詩抄にも認められる

hjl.hatenablog.com

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雑記

  • このページ好きすぎ

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池田來未(2021.3)複合動詞「~ヌク」の史的変遷

池田來未(2021.3)「複合動詞「~ヌク」の史的変遷」『国文』134.

要点

  • 複合動詞Vヌクの完遂の用法(苦難を耐え抜く)の獲得について考える
  • Vヌクの用法を姫野2018に倣って以下のように分類する

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p.76

  • 調査結果、
    • 上代は全てが〈貫通〉(踏み抜く)
    • 中古に〈抜出〉(針をひきぬき)
    • 中世に〈選抜〉(若者共を呼抜て)、〈抜駆〉(いだしぬかれにけり)
    • 近世に〈貫徹(=完遂)〉(操を立ぬく)、〈極度〉(川原でひゑぬいて)、近代も同様
  • 以下の変遷過程を想定する

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p.72

  • Vヌクの前項動詞はその用法によってそれぞれ偏りがあり、用法派生とも関連性がある*1
    • 例えば、〈貫通〉〈抜出〉〈選抜〉はいずれも工藤の主体動作動詞に偏る
    • 〈抜駆〉は主体動作・客体変化動詞が多く、〈貫徹〉に「語る」「洗う」など、終結点を持たない主体動作動詞が現れることと連続する

雑記

  • 大葉の天ぷらっておいしいし、バジルの天ぷらもおいしいんじゃないかな~

*1:こっちを先に説明してから変遷過程を示すほうが説得性の高い構成になりそう

ローレンス・ウエイン(2011.10)琉球語から見た日本語希求形式=イタ=の文法化経路

ローレンス・ウエイン(2011.10)「琉球語から見た日本語希求形式=イタ=の文法化経路」『日本語の研究』7(4).

要点

  • 本土日本語の=イタシ(タシ)には以下の経路が想定されているが、2つ目の変化は類型的には支持されない
    • 痛し > 甚し > 希望
  • 琉球語鳩間方言では -pus-(ホシ系)と -cca-(イタ系)が併用され、-pus- が一般的な願望を表す一方で、-cca- は不随意の身体機能を表す動詞と共起する
    • numi-pus-aɴ 飲みたい は一般的な願望、 numi-cca-nɴ は「生理的に欲求する「水を渇望する」ほどの意味」
    • 同様の使い分けは、仲地、北琉球大宜味村津波)にも見られ、「イタ形式は「痛みを感じるほど痛烈に感じる状態に達する」という意味から発達したと考えられる」
    • 一方、黒島東筋方言のイタは感情的な必要性を表し、以上より、以下の段階が想定される

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p.33

  • この「痛い>希望」という変化は類型的にはやや稀であるので、独立した改新ではなく、琉球祖語の段階で起こっていたと考える方がよい
  • 本土日本語の場合も同様に考えるのがよく、すなわち、希求の(イ)タシは「甚だ」ではなく、不随意身体機能の痛みに由来すると想定する*1

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p.35

メモ

  • タシ諸説
    • タシ型形容詞のうち、特にネブタシ・アキタシ(小林芳規
    • ネブタシ(森野宗明)
    • メデタシ(舘谷笑子)
    • イタシ説が「一般に信用されている」(松村編文法大辞典・吉田金彦)、「説があるが確実でない」(山口編文法大辞典、山口明穂)

雑記

  • 昼以降にしか起きられないので日々にノルマを課すとそれだけで一日が終わる

*1:中古以前に現れない理由を、文献の少なさと資料への現れにくさを挙げるけど、それでいいんかなあ。上代に出ない理由はそれだけでは説明できないのでは。

近藤泰弘(1992.3)丁寧語のアスペクト的性格:中古語の「はべり」を中心に

近藤泰弘(1992.3)「丁寧語のアスペクト的性格:中古語の「はべり」を中心に」『辻村俊樹教授古稀記念日本語史の諸問題』明治書院

要点

  • ハベリは謙譲語的側面と丁寧語的側面があるが、そのアスペクト的性格については明らかでない
  • ハベリと非敬語の対応としては以下の3タイプが想定される
    • 1 状態性のアスペクトの敬語化:アリ、形容詞、形容動詞、名詞ナリ、ズ
    • 2 動作を示す非敬語形の丁寧語化:動詞
    • 3 リ・タリの丁寧語化
  • タイプ1はハベリに変わってもやはり状態性を保持するので、以下の制約がある
    • ヌが承接しない
  • タイプ2のハベリは、上の動詞のアスペクトをそのまま引き継ぐ(アスペクト的に中性)
    • かた時と、の給にあやしくなり侍ぬ。(竹取)
    • ヌへの承接は形容詞やズハベリには見られず、動詞のみに見られる
    • 「「動詞」を単に丁寧語化した「動詞連用形+はべり」が存在するということになるのである」(p.26)
  • タイプ3の場合、リ・タリ+ハベリ/ハベリ+リ・タリは存在せず、「「り・たり」自身が「動詞連用形+(て)+はべり」などの語形に変化する」
    • なんじがもちて侍るかくや姫、たてまつれ(竹取)
    • テハベリはヌに承接することがなく、やはり状態性アスペクトを示す
    • 「~となりにて侍り」(源氏・明石)のように、明らかにタリがテハベリになった例もある
  • 以上をまとめると以下の通り

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p.29

  • ハベリのアスペクト的意味の並存は意味的な混乱をもたらしそうであるが、丁寧語自体がそういった状態を許容する特徴を持つ*1ようである
    • これは本です/奇妙です(タイプ1)
    • かましかったです/面白いです(タイプ2)

雑記

  • 大学1年生に4年間大学で過ごす上で何が大事かみたいなこと話すとき、自分の過ごしてき方をぜ~んぶ棚にあげて喋る

*1:「敬語である」ことのほうが大事で、「副次的にアスペクト的意味を持ってる」だけの状態になるということかも?

出雲朝子(1993.7)『玉塵抄』の会話文:文末の形について

出雲朝子(1993.7)「『玉塵抄』の会話文:文末の形について」『小松英雄博士退官記念日本語学論集』三省堂

  • 標記の問題について、会話文を以下のように分類
    • A 原漢文に該当する会話部があるもの
      • 1 終結部が明示されている(「~」ト云)
      • 2 明示されていない
    • B 原漢文に該当する会話部がないもの
  • 会話文の終結部の文末を比較すると、A1・Bに違いがある(A2もA1に近い)
    • A1>Bであるもの:助詞、ウズ
    • A1<Bであるもの:形容詞、敬語命令形、ヂャ
    • 例えば、Bに助詞が少ないのは、説明・注釈のための会話文であって疑問文がないなどの理由による
    • ヨ・(ウより丁重な表現性を持つ)ウズがBにないのも同様の理由
    • ヂャはAの方が少ないが、Bのヂャは~ヂャ~ヂャという並列の用法であるので例外的
  • 2文以上からなる会話文においては終結部と非終結部の文末に違いがあり、非終結部は地の文と類似(ゾ・ナリ・アリが多い)する
  • 概ね 終結部+ゾ=非終結部 という関係性であるが、例外がある
    • 例えば終結部にウズ・ヂャがあっても非終結部にウズゾ・ヂャゾはない
    • ウズの表現性が不要であった(ウゾでよかった)、非集結部ではナリでよかったといった理由による
  • 全体としては、「会話文の「談話語らしさ」は終結部の文末に表れるのであって、非終結部は基本的には地の文と同様な文体で書かれている」(全てがそうだというわけではないが)

雑記

  • インプットがないと人は論文を書けない

kepler.gl でGAJのデータをお手軽に可視化する

前提

  • WALS Online みたいなことが、方言文法全国地図(GAJ)でもできたらいいなあと思った。例えば、ズームできたり、クリックすると地点情報が出てきたり、フィルタがかけられたりしたらなんだか嬉しい。
  • kepler.gl というUberが公開しているオープンソースでコード書き不要のWebGISがあり、ちょっといじったら簡単に作れたのでご紹介。とりあえず下の動画のようなものが作れるようになります。

youtu.be

やり方

(1) 大西拓一郎先生のサイトからデータをダウンロード*1

(2) 「経度」「緯度」「見出し」「回答語形」あたりが揃ったファイルをCSVで作る

  • GAJのデータ①には地点名や緯度・経度そのものが記載されていないので、②③から地点の情報を呼び出してきたい。

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これだと地図上にマッピングできない

  • というわけでExcel上で、①の「地点番号」をキーにして、VLOOKUPなどで②の都道府県・調査地点名など(これは任意)、③の経度・緯度(これは必須)を呼び出す。このとき、経度・緯度の列名はそれぞれ longitude, latitude にしておくと、勝手に認識してくれて便利。

  • 必要な行を左に持ってきて、適宜不要な行を消したりまとめたりして、CSVで保存する*2

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CSVで保存

(3) 保存したCSVkepler.gl にアップする

  • Get Started → Load Files して、緯度・経度をそれぞれ Lat, Lon に結びつけると、とりあえず地図上にマッピングされる。

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列名をそうしている場合は勝手に結びつく

  • が、これだけだと色が単色なので、Fill Color のオプション(︙)で、Color Based On を、「見出し」や「見出しコード」列と結びつける。
    • と、見出しの種類に応じて色を分けてくれる。

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Color Based On

  • 色数やカラーパレットをいじってできあがり。

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かわいいGAJ

その後

  • Filter タブからフィルタが使える。すごい。

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やばすぎ

  • アイコンも自分で設定できるが、デフォルトのアイコンしか使えないようなので(参考)、これの元になっている deck.gl をいじれるようになれば、公開されている記号と組み合わせてジェネリックGAJが作れるかも。
  • 個人的には特に赤と茶色の違いがわからなくて困ることがあるので、部分的にでも「アクセシビリティの高いGAJ」が作れると嬉しい。

発展編

  • 同じポイントの場合は上のレイヤーのものしか表示・選択できないようなので、ちょっと工夫して重ねてみる。

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先生「の」だけ色が違う

  • ここでは、
    • 「雨が」「先生が」「泥棒が」の3つのデータを別々に読み込み、
    • いずれも同じカラーパレット・色数で、
    • Color Based On を見出しコードにして、
    • Radius(マークの半径)をそれぞれ10, 20, 30にしてみた。
  • 仮に同じ形式に同じ見出しコードがついているとすると、主格に立つ雨・先生・泥棒を別形式でマークする場合に、色の違う円が表示されることになる。
    • が、コードがそういう設計になっているかは分からないので、自分でラベルを付けるほうがいいだろう。
    • 「この要素にこの色」はこっち側では選択できないのかな?

参考

www.youtube.com

muramototomoya.hatenablog.com

gunmagisgeek.com

note.com

雑記

  • 最近XLOOKUPの存在を知ったけど逆に覚えられない
  • アウトプットの期間が終わったのでぼちぼちやっていきます

*1:上のサンプルを含め、国語研の成果を利用しています。

*2:マップ上ではデフォルトで上から5行分のラベルしか表示してくれないっぽい(?)→「Interactions > Tooltip」でカスタマイズ可能