ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

中野伸彦(1996.6)確認要求の平叙文と終助詞「ね」:江戸語と現代語

中野伸彦(1996.6)「確認要求の平叙文と終助詞「ね」:江戸語と現代語」『山口明穂教授還暦記念国語学論集』明治書院.

要点

  • 現代語において、聞き手にも既に共有されている事柄を述べる平叙文ではネが必須になるが、ネがなくても、「まともに叙述内容を獲得させようとする姿勢が現れない」場合(確認要求)がある。
  • 確認要求は以下の2類に分類され、Ⅰ型はネ・ダロウネが許容されるのに対し、Ⅱ型はネが許容されない。
    • Ⅰ型:不確かな知識しか持たない話し手が、確かな知識を持つ聞き手に確認を求め、自らの知識を確かなものにしようとする。
      • (何かを隠したのを見て)本でしょう。/本でしょうね。
    • Ⅱ型:確かな知識を持つ話し手が、聞き手の認識のあり方を確認しようとする。
      • ニューオリンズには)市内バスがあるだろう。/あるね。/あるだろうね。
  • 一方、江戸語においては、文末にダロウを持つⅡ型の確認要求の平叙文にも、ネが下接できた。
    • 五日ばかり跡の晩に雨が大そう降つた事がありましたらうネ。(春色梅美婦禰)
  • Ⅰ型におけるネの有無は、話し手の確信度の違い(無い方が高い)に基づく。Ⅱ型の場合、ネが付くのは「聞き手がそのことを確認するのにやや困難を伴う場合」である。すなわちどちらも、「肯定の答えが返ってくることへの確信の度」によって、ネの有無が決定されると考えられる。

雑記

  • アラを炊きたい

中野伸彦(1993.2)江戸語の疑問表現に関する一つの問題:終助詞「な」「ね」が下接する場合の自問系の疑問文の形成

中野伸彦(1993.2)「江戸語の疑問表現に関する一つの問題:終助詞「な」「ね」が下接する場合の自問系の疑問文の形成」『近代語研究9』武蔵野書院

要点

  • 現代語における自問系の疑問文には、カ・カシラ・ウ・ケなどがないとナ・ネを用いることができない(例えば、「誰だね」とすると他問になってしまう)という制約がある。
  • 一方江戸語では、自問系の疑問文に、ナ・ネが直接つく例がある。*1
    • あなたは。どなた様で御座りましたね(遊子方言、「ござりました{っけ/か}ね」などとありたい)
    • ヲヤ、金さん、なにか流れて来たヨ。油紙に包であるが、なんだねへ。(春色袖之梅、「なんだろうねえ」などとありたい)
    • なぜ、喜次さんは、呼んで呉れねへのだなア(七偏人)
  • ただし、カ・カシラ・ウ・ケを持つものも勿論あり、こちらの方が量的には多い。
  • 「江戸語においては、自問系の疑問文と他問の疑問文との形式上の区別が、現代語ほど、はっきりとはしていなかった訳である」(p.294)*2

雑記

  • こういう、うわ、それあるわ~~みたいなやつ書きたい

*1:た、たしかにある~~~

*2:もうちょっとなんか踏み込んで言えないかな~、考えよう

劉玲(2003.2)情態副詞「セイセイト(清々ト)」の発生:抄物における「X字(原漢文)⇒XXト・ニ(抄文)」という表現法を通じて

劉玲(2003.2)「情態副詞「セイセイト(清々ト)」の発生 抄物における「X字(原漢文)⇒XXト・ニ(抄文)」という表現法を通じて」『日本語と日本文学』36.

要点

  • 抄物に見られるセイセイトは、中国語の「清々」とは意味が異なり、漢語出自とは認められ難い。
    • 今日ハ大酒ヲ飲ダガ、夕方汀へ出テ漱タレバ、心ガ清々トシタ。(杜詩抄)
  • その理由、
    • 抄物では「心のさま」(心がさっぱり)、「物のさま」(物が清らか)の例があり、
    • 中国文献には「物のさま」(特に自然)の例はあるが、抄物で「心のさま」が早いことを説明できず、しかも、中国の「清々」が「涼しさ・冷たさ」を伴うのに対して、抄物のセイセイトが「清らかさ・清々しさ」を伴う点でことなりがある。
  • 対案として、抄物のセイセイトに原漢文の「清」「浄」字に対応する例があることに基づいて、「X字(原漢文)⇒XXト・ニ(抄文)」という方法で、原漢文を抄文に組み込む表現法があったのでは、と考える。
    • 軽(X)打之  軽々ト(XXト)撃ソ(漢書列伝竺桃抄)

雑記

  • 予稿集にパスワードついてるの、後々参照したいときにあんまり嬉しくない(即解除)

金水敏(2012.11)疑問文のスコープと助詞「か」「の」

金水敏(2012.11)「疑問文のスコープと助詞「か」「の」」『国語と国文学』89(11).

要点

  • 前稿(近代語研究16、前記事)で未検討の問題について考える。
    • カの出現と働き/他の疑問詞との対比/「いったい」「だろう」、丁寧体がノの出現に与える効果
    • カの出現に、直接疑問文であるか間接疑問文であるかが大きく関与することを踏まえておく。
      • 間接疑問文の場合、カ(と「かどうか」)が疑問のスコープを示す(このカは補文辞的)。
      • 直接疑問文の場合、節末にカは必須でなく、狭い意味での終助詞か、文末の音調が音形化したものと見られる。
  • ノと疑問のスコープの関係性について、
    • 「いったい」とノの呼応関係は、ノが、「いったい」の主観的な意味と連動している可能性を示唆する。
      • 田窪は、マルチプル・チョイス式ではなく、穴埋め式の場合にはノが義務的であるとするが、マルチプル・チョイスの「どっち」の疑問文に「いったい」を付加すると、ノが義務的になる(一体どっちがうまいのか)ことは、この一般化に反する。
    • 間接疑問文や潜在(潜伏)疑問文の場合、ノは使用されにくい(だれが源氏物語を書いたか答えなさい/源氏物語の作者を答えなさい)。
      • λ(x) [xが源氏物語を書いた] のような関数構造を、疑問詞とカが作り出していると考える。
    • 真偽疑問文の場合、ノはそれ自体で主観的な意味を表すのではなく、焦点のスコープ明示に用いられる。
      • 君は[1920年に生まれたの]ですか。/田中が1920年に生まれたかどうか教えて。
        • 「「どう」が「1920年に生まれた」全体に対する他の可能性を含意しているので、結果的に「1920年に」がスコープの範囲に入っていると解釈可能になった」
  • 焦点のスコープ明示のためにノが必要な構文を「焦点卓立構文」と呼ぶとき、上の事例は以下のように一般化される。
    • 疑問詞疑問文は疑問詞と「か」や音調によって関数的に解釈されるので、(ノを持つ)焦点卓立構文である必要はない。
    • 「いったい」は、焦点卓立構文を要求する。
    • 通名詞句の場合でも(久野の一般化)、マルチプル・チョイス式焦点として解釈される場合(ここまでは電車で来ましたか)は関数的な解釈を受けるので、焦点卓立構文である必要がない。

雑記

  • 心変わりが禁止カード解除!?

金水敏(2012.3)理由の疑問詞疑問文とスコープ表示について

金水敏(2012.3)「理由の疑問詞疑問文とスコープ表示について」『近代語研究』16.

要点

  • 必然的に焦点とみなされる「なぜ」の疑問詞疑問文を用いて、ノダ文の形成史を考える。
    • 以下の、久野・田窪の一般化を踏まえる。
      • 否定辞「ない」と疑問詞「か」のスコープはそれが附加されている同士、形容詞、「名詞/形容動詞+だ」に限られる。(久野)
      • 「ない」および「か」の焦点はそれらの成分に統語構造上、c-commandされなければならない。日本語と英語の違いとして階層性のパラメータを仮定すればよい。(田窪)
  • 上の一般化を承け、以下の仮説を立てる。
    • 1 現代共通語では、穴埋め式(=マルチプル・チョイス式でない)焦点の疑問詞を「か」の焦点に持つことはできない。
    • 2 ただし、ノ句+「か」であれば、「か」のスコープに収めることができる。
  • その上で、現代共通語の「なぜ」を調査する。
    • 「「なぜ」(=マルチプル・チョイス式でない)による疑問詞疑問文はノ句によってのみ形成される」という仮説が成り立つ。
    • 反語などを除けば、ダロウによる疑問文もまた、ノ句の中になければならないことが分かる。
  • 一方、近松世話浄瑠璃ではノ句によって形成されるものがない。浮世風呂でも全く活発ではなく、梅児誉美でも依然としてノを伴わない結びが残存している。
    • なぜ赤切が手をひかねへ(浮世風呂
    • おまはんマアなぜこんなにはかねへ身のうへにならしつたらふねへ(春色梅児誉美

雑記

  • 「なぜ」の魅力に惚れてる

徳永辰通(2010.1)「~ヤ-連体形」から終助詞カへの交替:天草版『平家物語』に見る交替の諸相

徳永辰通(2010.1)「「~ヤ-連体形」から終助詞カへの交替:天草版『平家物語』に見る交替の諸相」『人文学部研究論集(中部大学)』23.

要点

  • 原拠本の~ヤ―連体形の天草版への置き換えについて。
  • まず、対応関係については、ヤで訳される例より、―カ。に置き換えられる例の方が多い。
  • 天草版のヤは原テクストから受け継ぐものがほとんどで、以下のように整理され、

p.32

  • カに置き換えられる場合の対応関係は以下の通り。

p.38

  • この比較によれば、天草版のヤの接続する範囲は(ヘ・Vテなどにおいて)狭まっていると考えられる。*1
  • 基本的には「格成分+ヤ」は「格成分―カ」として取り入れられるのが一般的であるが、存在詞疑問文(事態生起疑問文・存在疑問文)の場合は、この対応関係から漏れる(以下の例は、打消が追加されている)例がある。
    • 是に都より流され給ひし丹波少将殿,平判官入道殿やおはする(高野本)
    • ここもとに都から流されさせられた丹波の少将殿や,俊寛御坊,また康頼などはござらぬか(天草版)
      • 「対応の在り方が多様であるということは,「~ヤ―連体形」から終助詞カへの交替が,事態生起疑問文と存在疑問文の存在詞疑問文において単純ではなかったということである。」(p.42)*2

雑記

  • 週末休めないと平日の体力無理な感じになるな 休んでても無理ですけど

*1:でもその直後に、「3章で見てきたが,天草版でヤは広い成分に接続していた」って言ってる どっちかにしてほしい

*2:ということは、どういうことなんだぜ

磯部佳宏(2000.2)古代日本語の疑問表現(下):要判定疑問表現の場合

磯部佳宏(2000.2)「古代日本語の疑問表現(下):要判定疑問表現の場合」『山口大学文学会誌』50.

要点

  • 古代語の要判定疑問文についての、著者のこれまでの研究の整理。
  • 形式に以下のものがある。
  • 文中のヤにかかわるものとして、
    • a ―ヤ―。
    • b ―ヤ。
    • c ―ニヤ―。
    • d ―ニヤ。
    • e ―ヤハ―。
    • f ―ヤハ。
  • 文末のヤにかかわるものとして、
    • g ―ヤ。
    • h ―ヤハ。
    • i ヤ否ヤ。
  • 文末のカにかかわるものとして、
    • j ―カ。
    • k カハ。
  • その他、 p ―ヤラム。
  • 以下の事項が指摘できる。
    • cのニヤが、中古和文の使用に偏る。特にc,dを比較すると、平家・とはずではcが極端に少なくなる。
    • g「―ヤ。」が衰退し、j「―カ。」が「問い」の形式として一般化する。

雑記