ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

石田尊・田川拓海(2018.3)他動詞可能文における例外的格パターンの出現:主格保持の原則をめぐって

石田尊・田川拓海(2018.3)「他動詞可能文における例外的格パターンの出現:主格保持の原則をめぐって」『日本語文法』18-1

要点

存在しない(容認度が低い)とされてきた「ニ-ヲ」の他動詞可能文が、特定の環境では現れ得ることを主張するもの

  • 他動詞可能文の格パターン
    • ガヲ:太郎バスク語話せる(はずがない)
    • ニガ:太郎バスク語話せる(はずがない)
    • ガガ:太郎バスク語話せる(はずがない)
    • ニヲ:*太郎バスク語話せる(はずがない)*1
  • これが、以下の2つの条件を満たすことで、ニ-ヲパターンの容認度が上がるということを主張
    • 与格主語の容認性を高める条件
    • 対格目的語の容認性を高める条件

ニ-ヲパターンの排除史(2節)

  • 柴谷(1978)*2:「「文」は少なくとも一つの主格名詞節を含んでいなければならない。」(主格保持の原則)により、「非文として処理される」*3
    • *陽子に(は)何を折れる?
    • *ノンちゃんにカタカナを読めたのですか
  • 自動詞可能文が主格保持原則の例外として取り上げられる
    • 太郎に泳げるとは知らなかった
    • 私にはそんなに速く走れません

ニ-ヲパターンの検証(3節)

  • 以下のような文は十分に容認できる

    • 僕には君を助けてやれない*4
    • 僕にはあの学生を指導できないようです
    • 僕にはこの部屋の温度を低く下げられない
  • 与格主語の容認性を高める条件として、

    • 可能文与格に対照的な含意を保証する特定の助詞
      • 否定文の方が容認度が高い
    • 可能文与格に対照的な含意を保証する特定の構文への埋め込み
      • 「~なんて思ってもみなかった」
  • 対格目的語の容認性を高める条件
    • 他動性が高い場合に容認度が上がる

補足:柴谷(1978)第5章の可能と格に関する箇所

  • 太郎(主語) 英語(直接目的語) 話せる(与格主語状態述語)
    • この構造に、
  • 太郎英語話せる
    • 主語助詞規則ア「与格主語と指定された述語と共起する主語に「に」を付加」と
    • 直接目的語助詞規則ア「状態述語と共起する直接目的語に「が」を付加」による
  • *太郎英語話せる
    • 直接目的語助詞規則イ「直接目的語に「を」を付加。(ただしアが適用されている場合は随意的)」が適用された場合。ただし、主格保持の原則に違反するので、
  • 太郎英語話せる
    • 与格主語「太郎に」を、
    • 主語助詞規則イ「主語に「が」を付加(ただしアが適用されている場合には随意的)」で主格化する

気になること

  • 疑問文も「対照的な含意」と並行する?
      1. *彼にこのパソコンを直せる
      1. 彼にこのパソコンを直せる?
      1. 彼にこのパソコンを直せると思う?
      2. cは別の条件かとも思う
  • 限定することでも容認度が上がる?
    • *彼にこのパソコンを直せる
    • ?彼にだけこのパソコンを直せる
  • 容認文には「には~を」が多いが、「には」自体の対照性な含意にはあまり触れられていない
    • 僕にはあの学生を指導できないようです
    • *僕にあの学生を指導できないようです

*1:「はずがない」だと行けるのでは?と思っていると、否定で容認度が上がる話が後で出てくる

*2:『日本語の分析』大修館書店

*3:これらの文の非文法性は「主格名詞節がないという点に起因する」(p.256)としている

*4:「対格の認可はテ節内で、可能形態素とは独立して起こるとすれば、前節でみた自動詞可能文の一種とすることもできるかもしれない」(p.24)