ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

兪三善(2015.10)アーネスト・サトウ『会話篇』における言いさし表現について

兪三善(2015.10)「アーネスト・サトウ『会話篇』における言いさし表現について」『実践国文学』88

要点

  • サトウ『会話篇』に見られる言いさしについて
    • ご ていねい に ありがとう ございます.さあ まず, まず, こちら へ どうか.わざと とそ を しとつ.(EX 15-4)
    • I thank you very much for your kindness. Pray sit down here, and permit me to offer you a cup of toso
  • 対訳に省略箇所が明示されているものを中心に収集

会話篇の側から

  • 後半にかけて言いさしが増える
  • 難易度の差、EXの形式、話し手と聞き手の関係

言いさしの側から

  • 副詞の言いさし(35回)
    • どうも、どうか、はや、どうぞ、まことに、すぐに、なにぶん
      • いや, つよい かぜ で どうも.(EX 23-26):This strong wind is a nuisance.
      • ご ていねい に ありがとう ございます. さあ まず, まず, こちら へ どうか.(EX15-4):Pray sit down here.
      • もし だんな, こんにち は じつ に ほね を おりまして から,しょうしょう さかて を どうぞ(EX17-15):but pray give us a small tip.
  • 格助詞の言いさし(19回)
    • に、を、は、へ
  • 接続助詞の言いさし(11回)
    • て、が、から、ので
    • 「けど」の例はない

場面の側から

  • 状況確認、お願い、勧め、御礼、お詫び、状況説明、質問、約束、状況推測、命令、断り
  • 現代語との相違として、断りの場面が少ない

気になる点

  • 気になるところはあるが、出やすそうな資料性であるところも含めて、面白い着眼点だと思った
  • 「気になるところ」は例えば、
    • 「英訳と対応しない箇所がある」ことを省略・言いさしとそのまま結びつけていいのか
    • 勧めの「どうか」「どうも」が単に言いさしであるとしてよいか、(その成立に言いさしが関わっていたとして)既に単体で行為指示の機能を持っていたりはしないか*1
      • 齊藤瑛子(2009.3)「副詞「どうか」「どうぞ」における依頼用法の成立過程」『国語語彙史の研究』28
      • 川瀬卓(2015.4)「副詞「どうぞ」の史的変遷 副詞からみた配慮表現の歴史,行為指示表現の歴史」『日本語の研究』11-2
  • 導入が素敵だった

サトウの『会話篇』(1867~8年に編纂、1873 年に出版)は興味深いテキストである。EXERCISE を読み進むにつれ、まるで、日本事情のテキストを読んでいるかのような錯覚に陥る。語学のテキストなのに当時の人々の生活臭が漂っている。その上、EXERCISE の会話は実用的で、自然で、且つ臨場感に溢れる。会話が醸し出す生き生きとした雰囲気も魅力的である。会話には、かつて稿者が学んだ日本語のテキストでは感じられなかったテンポのよさもある。一体、このテキストはどうなっているのか、と気になっていたところに、目に留まったものが、引用文の下線部の言いさし表現である。(p.224)

*1:ちょっと見た感じだと近代成立っぽいか?