ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

釘貫亨(2014.12)上代語活用助辞と動詞語尾との歴史的関係について

釘貫亨(2014.12)「上代語活用助辞と動詞語尾との歴史的関係について」『国語国文』83-12

要点とこれまでの研究

  • 上代助動詞(論文では活用助辞)成立に関する釘貫説
    • 「す・さす」が自他対応の自動「~る」、と他動「~す」(ex.なる・なす、よる、よす)から分出されて成立したこと
    • 「ゆ・らゆ」が「見ゆ・消ゆ・絶ゆ」から分出されて成立したこと(以上、釘貫(1991)*1
    • 「む」に関しても同様の成立過程を想定する
    • 山田孝雄は『日本文法学概論』(1936)で「複語尾が動詞活用形から歴史的に分出した」らしいことを加筆。その妥当性についても検討

ム語尾動詞について

  • ム語尾動詞のうち、精神性・感情性が表示されるもの
    • うむ(倦)、せむ、のむ(祈)
    • いさむ、いどむ、かたむ、きはむ、きよむ、なやむ、にくむ…
    • あきらむ、あひだむ、うべなむ、かしこむ、…
    • 2音節語と3・4音節語では、明らかに3・4の方が精神的感情的意味を持つものが多い
    • 精神的意味を持つムが意志他動詞に付く場合に「意志」、無意志自動詞に付く場合に「推量」として了解される
    • シムは「為+ム」と考えられるし、ケム、ラムも統一的に記述できるかも

ツ語尾動詞について

  • ツ語尾は動作作用の完成と結果を含意する語に偏る
    • 宛つ、打つ、立つ、待つ、よだつ、あやまつ
    • ここから完了「ツ」が分出されたと考えるが、こちらは音節数による偏りはない

ヌ語尾動詞について

  • ヌ語尾動詞は語彙が少なく、「ヌ」性も認められない。富士谷成章の「去ぬ」説が有効か
    • リ・タリ・ナリも「あり」によるもので、同様

まとめ

  • 動詞+文法的機能の高い特定の助詞と、音縮約:リ、タリ、ナリ、ヌ
  • 特定の意味に特化した動詞語尾からの分出:ユ・ラユ、ル・ラル、ス・サス、ム、ツ
  • 既存の助辞や語尾の組み合わせ:ケム、ラム、シム
  • 現在説明できないもの:キ、ズなど

気になること

  • ムの「精神性」の箇所で、「飲む、嘗む、揉む」の意志性は動作性動詞に一貫して見られるものであるから認めないとする(p.49)ならば、ツ語尾の「動作作用の完成と結果を含意」も動作性動詞に一貫して見られるものであろうと思う
    • ツには「棄つ」説、井出(1966)「棄(一音節動詞の「つ」)」説*2、「果つ」説などがある
    • ちなみに、釘貫(2013)*3の展望では「今日の文法学の水準では未だ論証されていない過去回想ケリ(来・アリの縮約)・完了ツ(果つ・穿つ等のツ語尾からの類推)・ヌ(往ぬ・死ぬ等のナ行変格活用語尾からの類推)といった文法範疇の形式において動詞増殖過程が関与した可能性がある」(p.13)としている

*1:「助動詞「る・らる」「す・さす」成立の歴史的条件について」『国語学』164

*2:「古代日本話動詞の意味類型と助動詞ツ・ヌの使い分け」『国語国文』35-5

*3:「形態的特徴から見た古代日本語動詞の増殖過程」『国語国文』82-5