ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

小柳智一(2018.5)文法変化の研究

小柳智一(2018.5)『文法変化の研究』くろしお出版

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  • 目次
    • 序章 言語変化の記述方法
    • 第1章 言語変化の段階と要因
    • 第2章 言語変化の傾向と動向
    • 第3章 機能語生産
    • 第4章 文法的意味の源泉と変化
    • 第5章 文法変化の方向
    • 第6章 文法変化の方向と統語的条件
    • 第7章 語彙−文法変化―内容語生産と機能語生産―
    • 第8章 「主観」という用語―文法変化の方向に関連して―
    • 第9章 対人化と推意
    • 第10章 文法変化と多義化 ―意味の重層化をめぐって―
    • 第11章 文法制度化
    • 第12章 消失の言語変化―抑制・廃棄―
    • 附章 古代日本語研究と通言語的研究

おわりに(くろしお出版のサイトから)に、

本書は、最近5年間に発表した文法変化に関する論文を配列し、新たに2章をくわえて、全体を調整したものである。もとになった論文はそれぞれの機会に単独で読まれることを期待して書いたので、論文間で内容に重複があるが、一書にまとめるに当たっても、各章の読みやすさを考慮して削除しなかった。全体の予想があって書き継いだわけではなく、重要な問題を網羅することも企図しておらず(結果、論ずべき問題をいくつも残している)、ただその時その時で気になったことを取り上げてきた。だから、本書は書名の印象にもとり、体系的な研究書と言うよりも、文法変化に関する私のエッセイ集と言う方がふさわしい。

とはあるものの、第12章に言語形式・用法の衰退について、「消失の言語変化」を書き下ろしており、言語変化について一通り網羅されている感はある

言語変化の要因・過程・類型にどういったものを想定するか、という箇所のみを抜粋し、全体的な見通しが見えるようにまとめておく

  • どの側面か、という観点から見ると、
    • 言語変化の段階
      • 生産に関して(1)
        • そのうち、多義化(や交替)に関して(10)
      • 消失に関して(12)
    • 言語変化の種類・類型・傾向
      • 大枠について(2, 3, 11)
      • 語彙・文法変化に関して(5, 6, 7)
        • プロセスに関して(4)
      • 特に意味変化に関して(8, 9)
    • 言語変化の要因(全体)

第1章 言語変化の段階と要因

  • 言語変化が緩慢である理由として

    • 機能的であるために体系を有し、体系が維持される
    • 一方、体系は緊密ではないために潜在的に変化の可能性を有する
  • 言語変化の段階として以下の3段階

    • 案出・試行・採用
      • 言語変化のうち、案出の要因として以下の2*2の4つ
        • 内的変化・接触変化
        • 言語内要因・言語外要因
      • 言語変化のうち、採用の要因として以下の2つ
        • 機能的利便性・評価的社会性

第2章 言語変化の傾向と動向

  • 一般的傾向(ex. 一方向性仮説)や時代的動向(ex. 総合的表現から分析的表現へ)は具体的な変化の要因を説明するものではない
    • 前者はあくまでも、人間の言語の使い方の傾向
    • 後者はあくまでも、当時の人間の選択の傾向

第3章 機能語生産

  • 機能語生産に、以下の4種類を想定する
    • 内容語から:機能語化(丈→~たけ→~だけ)
    • 1つの機能語から:多機能化(主格助詞が→接続助詞が)
    • 複数の機能語から:複合機能語化(ば+や→ばや)
    • 接辞から:昇格機能語化(痛む→咲かむ)
  • 他、機能語生産の特徴として、これまでの文法化研究を整理

第4章 文法的意味の源泉と変化

  • 文法的意味がどこから来るか、その過程に2種類を想定
    • 含意の表意化(だに:予想に反して不成立→予想に反する成立・不成立)
    • 推意の表意化(なり:聴覚的な事態把握→音響による推定)
  • 含意の表意化はもともとの意味を捨象するので、含意の適用(いわゆるシネクドキ)が起こらない限り、意味の豊かなものから乏しいものへ進む

第5章 文法変化の方向

  • 以下の2点をもって、新語の生産を資材・生産先が内容語か、付属的機能語か、自立的機能語か、の3*3で分類する
    • 機能語の持つ機能を「統語的機能」と「意味的機能」に分類する
    • 機能語=付属語ではなく、自立的な機能語がある
資材\新語 内容語 付属的機能語 自立的機能語
内容語 多内容化 機能語化A 機能語化B
付属的機能語 内容語化1 多機能化1A 多機能化1B
自立的機能語 内容語化2 多機能化2A 多機能化2B

傾向と照らし合わせると、以下のように分類される

優勢な類型 劣勢な類型
多内容化 -
機能語化A 内容語化1 (「けり」をつける)
機能語化B 内容語化2 (感動詞「あはれ」の名詞化)
多機能化1A 多機能化1B(接続助詞→接続詞)
多機能化2B 多機能化2A (感動詞的「われ」の間投助詞化?)

第6章 文法変化の方向と統語的条件

  • 第5章で見出された次の変化の(劣勢)傾向について、機能語化が起こる統語的条件から見ていく

    • 付属的機能語は自立的機能語に変化しにくい
    • 自立的機能語は付属的機能語に変化しにくい
  • 機能語化の起こる統語的な位置として、

    • 複合語後項部:複合動詞、複合形容詞
    • 被連体修飾部:~ところで、~くらい、~はずだ
    • 機能語の後接部:をして、において、とともに、たり(てあり)
    • 句頭部:よって、したがって、したり、くそ(感動詞
  • 三者は機能語化A、最後は機能語化Bにあたる。さらに多機能化の事例を考えると、

    • 機能語化A・多機能化1A:連接前部+連接後部(こっちが素材)
    • 機能語化B・多機能化2B:句頭部
      • であるために、付属的→自立的、自立的→付属的の変化が起こりにくい
  • 劣勢な変化も起こり得る

    • 多機能化1Bの事例として、接続助詞→接続詞
    • 多機能化2Aの事例として、感動詞→関投助詞*1

第7章 語彙−文法変化―内容語生産と機能語生産―

  • いわゆる「語彙化」の狭義のものを「多内容化」として、内容語生産と機能語生産の全体を表のようにまとめ、「何から何に変化するか」の方向性を図のように整理
資材 内容語生産の種類 機能語生産の種類
機能語同士の構成体 - 複合機能語化A・B
内容語を含む構成体 内容語化3 機能後化A・B
内容語 多内容化 機能語化A・B
付属的機能語 (内容語化1) 多機能化1A(・1B)
自立的機能語 (内容語化2) 多機能化(2A・)2B
接辞 (昇格内容語化) (昇格機能語化A・B)
  • これまで事例がなかったもの
    • 多内容化:はたらく(ばたばた動く→仕事をする)、やさし(気恥ずかしい→優美→思いやりがある)
    • 内容語化3:木+の+子→きのこ、眠(い)+寝(ぬ)→いぬ(寝)
    • 昇格内容語化:ほのめかす→めかす、~らしい→らしくない

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第8章 「主観」という用語―文法変化の方向に関連して―

  • いわゆる「主観(的・化)」「間主観(的・化)」に関して、その定義の不備を指摘し、以下のように捉え直すと、あまり有効でない
    • 主観的:意味が成り立つために認識原点(今ここ私)が必須で、その意味が理解できれば認識原点が特定されるもの
    • 間主観的:「対話者に向けた意味」の意で、「対人(的・意)」とした方がよい

第9章 対人化と推意

  • 第8章「主観」の有効性の低さに比して、「対人化」は広範に見られる。その要因と、逆の方向が見出されない理由に関して考える

    • 対人化:対者敬語の形成、詠嘆の感動詞→呼びかけ・応答の感動詞、「た」の命令用法など
    • 反対人化:命令形の逆接仮定条件化(であれ・にせよ)
  • 対人化は推意の表意化(第4章)に位置付けられるが、そもそも対話者に向けて使用されるので、推意として対人的意味が生じやすい

  • 反対人化が起こりにくいのはその逆で、対人的意味を非対人的に用いるのが難しいため
    • なお、自問から対人的問いへと拡張した「か」とその逆の「や」の事例も、対人化があくまでも一般的傾向でしかないことを示す

第10章 文法変化と多義化 ―意味の重層化をめぐって―

  • 言語変化による重層化に関して、形式と意味の観点から
  • 形式の重層性
    • 交替:A →{A B}→B 願望の「まほし」→「たし」
    • 保守:A →{A B}→A 「べらなり」
    • 分化:A →{A B}→{Ax By} {より:起点・比較 から:起点}→{より:比較 から:起点}
  • 意味の重層性(多義化)は競合を起こしにくい。型としては多義化と交替を想定
  • こうした過程が、もはや同音異義語(弓の「筈」と~はず)のレベルまで、緩やかな連体を生み出す

第11章 文法制度化

  • 以下2点は「当該の形式が文法制度の中に位置づけられていることを範列的、統語的に示す」もので、機能語生産とは別の文法変化である

    • 標示の義務性:形態素による標示が義務的になる
    • 文法内での相互作用:一致・呼応現象が起こる
  • もともとある形式か新しい形式か、もともとある意味か新たな意味か、の組み合わせで4通り

もともとある意味 新たな意味
もともとある形式 文法制度化Ⅰ類 文法制度化Ⅱ類
新たな形式 文法制度化Ⅲ類 文法制度化Ⅳ類
  • Ⅰ:だに+否定→だに+否定・肯定、格助詞「が」→接続助詞「が」
  • Ⅱ:終止「なり」の聴覚的知覚→音響による推定
  • Ⅲ:その他否定(それまでに「ほか」がある)の「しか」、イディオムレベルで見れば「お~ある」
  • Ⅳ:受益専用の「(て)たぶ」、例示の「など」

  • この分類は、機能語生産のあり方と結びつけることができる

    • Ⅰ・Ⅱは多機能化、Ⅲ・Ⅳは機能語化
    • 機能語生産が起こる場合は必ず文法制度化が起こるが、逆はまた然りでない(例えば係り結びの成立など)

第12章 消失の言語変化―抑制・廃棄―

  • 書き下ろし章。形式や意味の消失について、試行・採用(第1章)の後に、次の二段階が起こる

    • 抑制:だんだん使われなくなる
    • 廃棄:使われなくなる
  • 消失の要因も、採用の要因の逆が考えられる。抑制には積極的な場合と消極的な場合があり、

    • 積極的な抑制
      • 機能的利便性の低さによるもの:同音衝突回避*2
      • 評価的社会性の低さによるもの:ら抜き言葉(機能的利便性が高く、採用に向かいつつある)、流行語の陳腐化
    • 消極的な抑制:指示対象そのものがなくなる
    • ただ使用されないだけでは忘却されない(ex. 忌み言葉)ので「廃棄」に至らない
  • 附章はそのうち別記事で

*1:ただ、「感動詞が句頭に位置すること」は「接続詞が句頭に位置すること」と同レベルで見てはいけないと思う。感動詞がほぼ文レベルで働くならば、その統語的な位置は句頭であり、かつ句末でもある。

*2:江口(2018)も参照