ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

藤井俊博(2017.12)古典語動詞「う(得)」の用法と文体:漢文訓読的用法と和漢混淆文

藤井俊博(2017.12)「古典語動詞「う(得)」の用法と文体:漢文訓読的用法と和漢混淆文」『同志社日本語研究』21

要点

  • 「得」の用法に漢文訓読の影響から生じたものがあり、和文・和漢混淆文に取り入れられている
    • 和文・漢文訓読文に共通して用いられる語が別の意味用法を持つ場合、もしくは、和文から見れば漢文訓読の影響を見出すことができる場合、和文体・和漢混淆文体を特徴づけることができる。その指標としては(p.17)、
      • 語の意味が、和文に例がなく、漢文訓読によって生じた語
      • 語の意味に根本的な相違はないが、和文にない目的語や主語をとる点に漢文訓読の影響がある場合
      • 語の形式が、和文にない複合的形式をとる場合(いわゆる翻読語)
    • これを、「得」を事例として見ていく

得の用法

  • 「得(う)」を事例として、『古語大鑑』を参考にし、目的語ベースで分類以下の9用法に分類
    • 1 物品を得
    • 2 善悪の果報としての状態を得
    • 3 心情や道理を得
    • 4 優れた力を得
    • 5 官などの資格を得
    • 6 名(評判)を得
    • 7 動作性漢語名詞(往生など)を得
    • 8 動詞連用形+得(複合動詞後項)
    • 9 ~事を得

漢文訓読文的特徴として、

  • 抽象的な目的語を取る:2-6が該当
  • 返り得、見得など、可能の意を持つ:7が該当
  • 事を得などの固定的な表現:8,9が該当

和文に見られるのは、

  • 1が中心的
  • 2-9は限定的
    • 源氏には2, 3, 5, 6, 8
    • 罪を得、心を得など、既に日常語として浸透していたものもあり
  • 一方今昔には4, 7, 8, 9 が多く見られ、分析と齟齬しない

気になること

  • 漢文訓読語的特徴であることの裏付けをどう取るのかという問題がある
    • 訓点語彙集成にも例があるので漢文訓読の影響を受けたと考えられる、とする箇所がいくつかある(p.25, 26)が、それは逆に和文の影響を受けた例かもしれない(暴論だし、もちろん直感的に考えてそんなことはないが)*1
  • 関連して、万葉集に既に連用形(+助詞)+得の例がある*2ので、位置付けに困る
    • 大地は取り尽くすとも世の中の尽くし得ぬ〈不得〉ものは恋にしありけり(2442)
    • 言ひも得ず〈不得〉名付けも知らず(319)
  • 分類にはないが、「所を得」で、転じて「自由に振る舞う」という慣用表現がある(引用は日国)

ところ を 得(う・え)る

よい場所を得る。よい時節にあって、思いのままにふるまう。よい地位や境遇を得て得意になる。

  • 枕草子〔10C終〕一五六・えせものの所得るをり「えせものの所うるをり、正月のおほね、行幸のをりのひめまうち君、御即位の御門つかさ」

  • 源氏物語〔1001〜14頃〕蓬生「こだまなどけしからぬ物ども、ところをえて、やうやうかたちもあらはし」

*1:用例から帰納された古語大鑑をベースにして分類することで、ある程度担保されているのかもしれない

*2:おわりに、に言及あり