野村剛史(1995.9)「カによる係り結び試論」『国語国文』64-9
要点
- カによる係り結びの成立に注釈説を据え、その展開に以下の三段階を想定する
- 注釈的二文連置
- 「疑問的事態カ…実事的事態」
- 「…カ…ム系助動詞」
成立諸説
- 諸説は以下参照
- 倒置説に関して、
- 「…連体形…カ」や「…カ…連体形ハ」が少なく、受け入れがたい
- 挿入説は喚体を起源と考えるが、以下の点に問題がある
- 全体が疑問文として投げ出されてから、疑問が間に「挿入」されることはあるのか
- 言語事実に乏しい、何かしらの痕跡はないか
- 連体形終止から係り結びが成立し、その後、係り結びを駆逐する、という流れは奇妙
上代の喚体句
- 感動を表す体言喚体は概ね、「連体形+体言(+助詞)」といった構文を持つ
- 1 連体形+体言+ハモ:阿倍の市道に逢ひし子らはも(284)
- 2 連体形+体言:たゆたふ波に立てる白雲(1089)
- 3 連体形+体言+カ・カモ:音のかそけきこの夕かも(4291)
- 4 連体形+形容詞語幹+サ:床にも妻とあるが羨しさ(634)
- 5 連体形+体言+ヲ:瀬をさやけみと見に来し我を(1107)
- 6 ク語法:寄せむと思へる浜の清けく(1239)
- 2,3,5,6は眼前の対象についての実事的描写で、4もそれに準ずる(1は希望喚体に近い)
- 連体形終止についても、句末にム系助動詞などの推量形式が現れることはなく、事実的描写として捉えられる
- 君が袖振る(20)
- 行きのまにまにここにこやせる(1800)
- 人の常無き(1270)
注釈的二文連置
- …か…連体形、…連体形:間も無く恋ふれにかあらむ草枕旅なる君が夢にしみゆる(621)
- 歌の前半で係り結び、後半で連体止め。「あごの山五百重隠せるさでの崎さではへし子が夢にし見ゆる」(662)のような連体止めが、「その事態が生ずるにいたった理由に関する注釈的疑問表現」として「…か…」句を要求している
- …か…連体形:手触れし罪か君に逢ひかたき(712)
- 「妹か待つらむ」のような既に成立した文法関係でないものに係り結び的関係が存在する
- 係り句は、原因・理由を含んだ注釈・状況説明を示すもので、二文連置的
- 連続するものに「…か…体言喚体」の形あり:我が大王しきませばかも楽しき小里(4274)
- …は…か…連体形:玉梓の妹は玉かも足引の清き山辺に蒔けば散りぬる(1415)
- 「…は…か。…連体形」のような二文連置とも取れる、主語に関する注釈的な用例が多いか
- 再注釈:まそ鏡照るべき月を白妙の雲か隠せる天つ霧かも(1079)
- 「白妙の雲か」を連体止め「隠せる」と「天つ霧かも」の主語注釈とみなすことができる
- 「…か…終止」であってもよいはずだが、倒置によってのみ保持される
- 妹が門入出水川の床なめにみ雪残れり未だ冬かも(1695)
- 連体形から係り結びへと漸次的に推移したと考えてもよいが、次のような場所に大きな変化を見出す
- 単なる連体止めと注釈的二文連置
- 係り結びが既存の文法関係に乗った場所
- 係り結びの、主語と他の格との関係の間(次節)
カの係り結びと格
- 原因・理由句+カや主語カの場合、結びにム系助動詞は少なく、場所・時・副詞句といった用言を要求する語の場合は比率が高い
- 山を高みかも月の出で来ぬ / 一人か寝らむ
- 原因・理由句カについては、実事的事態の後句「眠を寝かねつる」に疑問「妹に恋ふれか」、主語カについても、実事的事態「吠ゆる」に疑問「虎か」で、ム系助動詞を伴い得ない
- 愛しと我が思ふ妹を思ひつつ行けばかもとな行き悪しかるらむ(3729)は「原因・理由カ…実事的事態ム」だが、疑念が一文全体を覆っている
- こういう経緯で、「カ」が疑問の焦点ではなく、一文全体の情意を示すようにもなる(虎かなあ、吠えている→虎が吠えているのかなあ)
まとめ
- カの係り結びの成立と展開は、
- 注釈的二文連置→「疑問的事態カ…実事的事態」→「…カ…ム」の呼応にまで及ぶ
- 注釈的二文連置:自明の実事性後句に対して、あくまでも注釈的コメントとして前句が連結するもの。「春の訪れか、陽光がまぶしい」
- 疑問的事態カ…実事的事態:係り結びがなくても文法関係が存在する点で二文連置より一歩進んでいる「大雨が降ったせいか、川の水が濁っている(原因・理由)」「うちの猫かなあ、変な声で鳴いている(主語)」
- …カ…ム:注釈的前句としては捉えられず、「カは一事態中に挿入された存在としか解釈されようがない」、情意のアクセントを置いて文を二項に分割する機能