呉寧真(2018.8)「中古和文複合動詞の主体敬語の形」『日本語の研究』14-3
要点
- 中古和文複合動詞の主体敬語は、動詞の敬意差によって異なる形で現れる
- 敬語独立動詞を用いる傾向がある動詞と,「たまふ」を用いる傾向がある動詞に分かれ,敬語独立動詞が2種類以上ある動詞は敬語独立動詞を使う傾向があり,そうでない動詞は「たまふ」を使う傾向があることを示す(p.110)
主体敬語の形
- 前項敬語形:Ⅰに偏る
- Ⅰ敬語独立動詞+後項:おはし+はじめける(1845例)
- Ⅱ前項+たまふ+後項:見+たまひ+馴れにし(9例)
- 後項敬語形:Ⅲが多いがⅣも十分にある
- Ⅲ前項+敬語独立動詞:ののしり+おはして(160例)
- Ⅳ前項+後項+たまふ:見+馴れ+たまうて(796例)
- 両項敬語形:全体的な例数が少ない
- Ⅴ敬語独立動詞+敬語独立動詞:思し+のたまはむ(74例)
- Ⅵ敬語独立動詞+後項+たまふ:思し+知り+たまふ(25例)
傾向と偏り
- 動詞による傾向は、
- 敬語独立になりやすい:来・行く・あり・言ふ・思ふ・呼ぶ
- 来・行く・あり・言ふ・呼ぶは、独立で用いられる場合にたまふが後接しない(敬語動詞だけで敬意差を表す)
- 「呼ぶ」以外は敬意差で使い分けられる
- たまふを用いやすい:見る・聞く・知る・ゐる
- 傾向がない:寝・着・乗る・食ふ・飲む
- 敬語独立になりやすい:来・行く・あり・言ふ・思ふ・呼ぶ
- 概ね、敬語独立動詞を2種類以上有する場合はそれだけで敬意差を表現できるので「たまふ」を用いる必要がなかった
- おはす・おはします/のたまふ・のたまはす/おぼす・おもほす・おぼしめす
- 呼ぶは2種類以上の敬語独立動詞を持たないが敬語独立になりやすい:敬意差の使い分けはあるが、身分が低い動作主体がそもそも何かを呼ばないことによって制限がかかるためか
- ゐるは2種類の敬語独立動詞を持つが、たまふに偏る:座る意の場合「おはす・おはします」に置き換えがたく、「来」「行く」の方の「おはす・おはします」と競合するため*1
- 敬語動詞を有さない場合は、Ⅳの「前項+後項+たまふ」と「前項+後項+させたまふ」で敬意差を表す
複合動詞史から
- 両項敬語形は徐々に衰退する
- 複合の力の強さから考えると、一項だけを敬語化して敬意を示すⅠⅢⅣは、「敬意が一部だけに付加されても語全体に及ぶこと」において、一語化を示すものと考えられる
*1:例はどう取るんだろう?と思ったら「通常語形の複合動詞が確認できることと意味とによって通常語形を判断する」(p.110)とあった。前者は「渡り来」はあるが「渡りゐる」はない場合、「渡りおはす」を「渡り来」であると考えるようだが、その処理でよいか。通常語形があるかどうかとその敬語動詞があるかどうかが対応するか分からないので、移動の意味があるかどうかを優先したほうがよいように思う。あと、無意志化によって待遇価値を上げている「来・行く」の場合と、単に敬語動詞化している存在動詞では使い分けの事情が異なるのでは?とか考えたら面白そうで、「おはす」サイドから見たときにそこで切っちゃってよいのだろうかという懸念もある。