ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

田中章夫(1998.10)標準語法の性格

田中章夫(1998.10)「標準語法の性格」『日本語科学』4

要点

  • 文法形式の標準語らしさ・方言らしさを以下の3タイプに類型化し、
    • 累加型・段階型
    • 単能型・多能型
    • 微差消滅型・微差保有
  • これらがどのような歴史的経緯の所産であるかについても述べる

対照される型

  • 累加型・段階型:複数の要素で表すか(分析的か)、一つの要素で表すか
    • なければならない/ブタンナネケヅー(山形)、シェンバジャルケン(長崎)
    • ないだろう/ナリヨラマイヨ(愛媛)
    • ではないか/ワラッタジャンカ(長野)、イッタッケジャ(静岡)、エドナテ(青森)
    • ことができる/拝ミエル(愛知)
    • たことがある/ノゾッテミタッタ(群馬)
    • てしまう/チマウ・チャウ(千葉)、取イトッタ(鹿児島)
  • 単能型・多能型:一つの語形が一つの機能を持つか、複数の機能を持つか*1
    • 関東ベイ:そんなことナェ(だろう)、一緒にエグ(行こう・意志)、一緒にアェチャ(行こう・勧誘、以上3例山形)、ノマレッス(飲まれてしまったようだ、宮城)*2
    • 打消推量・意志のマイ:雨は降ラメィ(降らないだろう)、もうヤラメィ(やるのはやめよう)(愛知)
    • ゴタル:雨が降るゴタル(降るようだ)、帰ろゴタル(帰りたい)(宮崎)
    • ゲナ:具合がワルゲナナ(ようだ)、昔鬼がオッタゲナ(そうだ)(鳥取
    • エル:タノマデ、ニラメラデ(頼まれて、にらまれて・受身)、ワダラネセァ(渡れないよ・可能)(青森)
    • ダ:過去以外に、山形ではシェメッ人(捕っている人)、まだハシッ(走っている)
  • 微差消滅型・微差保有型:微妙な差異が消滅したか、区別が残るか
    • 継続と結果の区別:ている/シヨル(今している)、チュウ(既にしている)(高知)
    • 自然態の完了の区別:山形では普通の完了(~タ)と、自然にそうなった「完了」が起ぎラタ(自然に起きた)のように区別される
    • 能力可能と状況可能の区別:ヨーヨム・ヨーヨマン(能力可能)、ヨメル・ヨメン(状況可能)(鳥取)や、エ読マン(能力可能)と読マレン(状況可能)(宮崎)
    • 単純否定と継続否定:最近やってコン(単純否定)、蜜柑を売りナイジー(継続否定)(和歌山)
    • 格助詞による有情と非情の区別:オレアシ、ツクエアシ(茨城)

史的観点から見ると

  • 累加的表現に関しては、
    • 「なんだ」→「なかった」は天保ごろに使われ始め、明治に一般化
    • 「ましなんだ」→「ませんでした」は人情本の頃に成立、明治に一般化
    • 「ことができる」は19世紀初頭(化政期)だが、それ以前に「ことがならない」の例がある
    • 「ざあなるめえ」→「なければならないだろう」は明治期に出現
    • 「お~」による敬語形。例えばお~になる、お~するは幕末成立
    • 「大勢としては,幕末から明治初期の東京語においてかたちづくられ,のちの標準語に受け継がれていった」(p.65)
  • 機能の分化と単純化に関しては、
    • う・よう(推量・意志・勧誘)の推量用法の喪失
    • 丁寧体でも同様に、ましょう→ますだろう/でしょう→でしょう
    • 受身・可能・尊敬表現の分化(レル・ラレルの受身専用化)
    • 仮定条件と既定条件の分化
    • これらは江戸・明治を通して起こった変化で、「江戸の都市形成と,維新期以降の東京への人口集中のプロセスで,まず江戸語において多能型の表現が崩れ,単能型への分化が始まって東京語で促進され,のちの標準語に引き継がれていったと見ていいように思う」(p.68)
  • 微差の消滅については、
    • 格助詞ノ・ガの尊卑:江戸期には既にない
    • 未然+バ/已然+バの使い分けは江戸語的というよりは中世語法の残存
    • 「いずれにしても,上方をはじめ,さまざまな地域から人々が集まって形成されてきた江戸ことばでは,それまでの日本語に見られた,種々の微妙な差異は,すでに失われつつあったといってよいようである」(p.70)
  • これらをまとめると、
    f:id:ronbun_yomu:20180815182935p:plain
    p.70

*1:「標準語の表現は野球の指名打者のような専用的な性格を持ち、方言の方は広くなんでもこなしていく万能選手的な性格をもっている」(p.57)味がある

*2:この事例は、標準語でも意志と勧誘は分化していない。人称できっちり分かれるから?)