ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

深津周太(2018.5)近世における副詞「なんと」の働きかけ用法:感動詞化の観点から

深津周太(2018.5)「近世における副詞「なんと」の働きかけ用法:感動詞化の観点から」藤田保幸・山崎誠編『形式語研究の現在』和泉書院

要点

  • 呼びかけの「なんと」の成立に関して、感動詞化のプロセスから考察
    • なんと、ミなの衆。あれを聞(ききや)れ。(会席噺袋)

「なんと」の用法

  • 中世に副詞として定着し、後期に「いかに」と交替しながら勢力を強める
    • 不定用法:何卜思ハウトモマヽ卜思タナリソ(蒙求抄)
      • 「いかに」が用法を不定へと収束させたため、不定用法の「なんと」の例は少ない
    • 疑問用法:さてお返事はなんと(nanto)書かうぞ(天草平家)
  • この疑問用法が近世にかけて、以下の用法を派生する
    • 念押し・答えの催促をする「働きかけ」(何と思う):何と。西山東山はいつもの事。様子のちがふた所へゆきたいが。どこもとがよからふな(狂言記・萩大名)→この用法を呼びかけの「なんと」の基盤と考える
    • 相手の発言内容を一語文的に問い返す「問い返し」(何と言う):「我れハ狸の王なり」といふ。「なにと、狸の王ちゃ。」(醒睡笑)
    • これらの用法は疑問の範囲に収まるが、統語的に後続文との関係を持たない点で「なんと書かうぞ」と異なる

史的展開

  • 近世初期は問いかけや同意要求が主
    • なにとそちは人を馬になす事をしつたといふが誠か(虎明本・人馬)
  • 近世前期には、疑問表現としては連続するが、語用論的に勧め・誘いなどの意が生じるものがある
    • 何とそれに付て一首あそバされぬか(諸国落首咄[1698])
  • 疑問表現を伴わないもの、命令と共起するものも見られる
    • なんといづれもこうよるからハ、めづらしきしゆかうをもよほし、みたてあそびをいたさん」(軽口へそ巡礼[1746])
    • 何と狸、少ばけて見しやれ(露休置土産[1707])
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      p.50・[]内は非疑問

感動詞化の観点から

  • 感動詞化は、
    • 意味的な変化:原義>詠嘆・呼びかけ・応答
    • 統語的な変化:語彙項目が有する統語的特徴を喪失し、感動詞的特徴(文構成においてほかの要素との関係をもたない)を獲得
  • 「なんと」の感動詞化については、
    • 働きかけ用法が出現した時点で既に一語文なので、統語的には(最初から)感動詞
    • 非疑問表現と共起することによって意味的にも感動詞化を果たす
    • 疑問文をとりながら意味的には勧めなどを表すものが、疑問ではなく行為指示・行為拘束に関わる表現とみなされたことが感動詞化の要因
      • なんと~疑問文(疑問)
      • なんと~疑問文(働きかけ)
      • なんと~非疑問文(働きかけ)

気になる点

  • 誘い・勧め・申し出…などを用法として分類しているが、これらは「なんと」そのものの用法として見てよいのか?「呼びかけ」に関しては用法として立ててよいと思うが、これらはなんとそのものの意味用法というよりは共起制限では
  • もともと疑問語出自であるからには疑問文的性質が解除されるところが最もキモなわけだし、例数の推移を10年スパンくらいで細かく見たい
    • 表では行為指示的疑問文と、行為指示的非疑問文の例の出現が同時期で、「橋渡し」してる感じがあまりしない
    • 挙げられる初例を見る限りでは「なんと~疑問文(働きかけ)」が「なんと~非疑問文(働きかけ)」より少しだけ遡るようではある
  • 近松世話物に冨山房の世話物全集を使っているのは何か理由があるんだろうか