ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

馬紹華(2017.3)原因・理由を表す「せい」の成立について

馬紹華(2017.3)「原因・理由を表す「せい」の成立について」『訓点語と訓点資料』138

要点

  • 望ましくない原因・理由を表す「せい」について、以下2点を明らかにする
    • 「所為」から「せい」への変化の過程
    • 原因理由用法の成立の過程

「所為」

  • 源流として、
    • 漢籍・仏典に例があるが、「行為」の意が多い
    • 上代でも、文字列としてはあるが、字音読みされたかは明らかでなく、やはり「行為」の意
    • 史記に「不知所為」(どうしたらいいか分からない)の例あり
  • 中古仮名文学には例は見られず、訓点資料・古記録古文書に見られる
    • 訓点資料においては漢籍と同じ意(そらそうだろう)
  • 古記録でも同様だが、次の構文タイプがあることが注目される
    • Ⅰ 人間である主体の行為:御誦経事[←行為]、女房[←主体]之所為
    • Ⅱ 人間である主体の行為によって引き起こされる結果:頭打身熱、心神甚差[←結果]者、…付所之霊[←主体]所為也者。*1
    • Ⅲ 非意志的な主体によって引き起こされる結果:大歌所大蔵省倉有火[←結果]、是野火[←非意志的な主体]所為
      • Ⅱ・Ⅲが原因・理由の意に解釈されやすく、Ⅲは特に、行為の意味として捉えがたい
      • Ⅲに関しては、日本語内部での意味拡張とも、中国語由来のものとも考えられる
  • 院政鎌倉期古記録も同様で、和漢混淆文にもⅠ~Ⅲが見られる他、
    • 語順が「原因の所為、結果」となる、「鬼の所為にて頸の失せたると思ひて」(沙石集)の例あり
    • 現代語の「せい」がマイナスイメージを持つのは、この頃の「所為」においても同様

「しょい」から「せい」へ

  • 前期にはほぼ例なく、「しょい」もしくは「しわざ」と読ませるもの
  • 「せい」の例は近世後期江戸語に見られるようになる
  • 語形については以下の音変化を想定
    • サ行拗音の直音化:しょい→そい
    • 連母音の長音化:そい→せー(cf. くれー、ふてー、おとてー)
  • 節相当が「せい」に前接するのもこの時期で、ここで原因理由用法が確立したと考える
    • 「Nのせい」は「行動」としての解釈ができるが、「用言せい」は用言が主体にならないこと、前後に因果関係が出ることから、原因・理由の解釈しかできない
    • みんなが銭のないしょゐだ。(遊子方言)
    • 窓の明て居るせへだ。(道中粋語録)
  • 述語形式としての「せいだ」や、やや遅れて「せいで」も明治に成立する

気になること

  • 「せい」がマイナスなのはもとの「所為」がマイナスだから、という記述がある(p.36)が、その理由も欲しいと思う。「所業」「仕業」なんかは現代でもマイナスの意味が強いし、機能語かどうかの差ではない。こいつらは「業」のせいかなと思うと、日国の「所行」の項に「行なう事柄。多く、好ましくない行為にいう。」ともある。
    • 現代中国語の「所为」には悪い意味はないよう(論文著者の方が詳しいに決まっているが…)。「行為」の意以外に、「所以。表示行为动作发生的原因。」のブランチが立ててある。

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  • 「せいで」の成立が遅かった理由に関して、「せいか」が早かったのは古記録に「所為歟」があったからかも、と述べられているが(p.40)、「せいで」に関しても「鬼の所為にて頸の失せたる」の例が挙がっているのでこれは要因としては不適当で、「所為也」の時期に既に文末形式化していたと考えた方がよいか。

*1:ここは「人間」とせず、次の項と相補的にするために意志的な主体とした方がよいか。