大木一夫(2010.3)古代日本語動詞の活用体系 古代日本語動詞形態論・試論
大木一夫(2010.3)「古代日本語動詞の活用体系:古代日本語動詞形態論・試論」『東北大学文学研究科研究年報』59
要点
- 中古語動詞の活用について、形態論的な記述を行い、その体系では日本語史上の活用の変遷がどのように位置づけられるか述べる
- 手続きを示すことを重視する
前提
- まず、語の認定に関しては服部四郎に従う
- 附属形式か附属語であるか、については、Ⅰ接続多様性、Ⅱ挿入可能性、Ⅲ(位置の)転換可能性を基に、独立的であれば自由形式(附属語)と考える
- 活用・語幹・語基・接辞は常識的な規定、特に問題となる接尾辞に関しては、以下の観点に従って屈折接辞か派生接辞を判断する
分析
附属語
- 屈折を持つ附属語(助動詞)
- Ⅰ接続多様性を持つため、非自立形式ではあるが、動詞とは別の語で、屈折する倚辞と見る
- =mu, =zu*1, =masi, =tu, =nu, =ki, =keri, =kemu, =mazi, =nari(推定), =meri, =ramu, =besi, =nari(断定), =gotosi
- ならむ、ならましかば、なりけむなど、Ⅱの挿入可能性も満たす
- あらざなる/ならず、つるならむ/なりつるなど、Ⅲを満たすものもあり
- 屈折を持たない附属語(助詞)
- Ⅰを満たすため、これも自由形式(附属語)と見る
- =zi, =de, =te, =nagara, =tomo, =monokara, =monowo, =ba, =do, =domo, =kasi, =kana, =yo, =na(非禁止), =mogana
- 他、 =monono, =monoyuwe, =namu, =baya, =sigana も、つるものの、むものゆゑ、などⅡを満たす
屈折接辞と派生接辞
- 例えば「思ふ」を例に見ると、
- omof-u1, omof-u2(+名詞), omof-e1, omof-e2(命令), omof-i, omof-a として、動詞語基+接辞(=接辞α、屈折接辞)として分析できる
omof- | id- | ar- | |
---|---|---|---|
存在 | u1 | u1 | i3 |
連体 | u2 | uru | u2 |
条件 | e1 | ure | e1 |
命令 | e2 | eyo | e2 |
成立 | i1 | e3 | i1 |
未実現 | a | e4 | a |
- -ru, -raru, -su, -sasu, -simu, -tari, -ri は、接続先が動詞に限られるのでⅠは満たさず、別語が入らないのでⅡも満たさず、Ⅲも満たさない。これらは附属形式であると見る
- さらに、これら接辞は接辞α類を -rar-u, -raru-uru のように従えるので、接辞β・派生接辞としておく
- このように見た場合、助動詞は、屈折を伴うものとみなすことができる(=m-u, =ma-si, =t-u...)
- 派生接辞につく omof-a-ru, id-e-sasu, の a, e は、omof-a=ba, id-e=ba と同様の未実現の屈折接辞のようにも思われるが、屈折接辞+派生接辞という組み合わせは考えがたく、未実現の意もないし、中古においては形状言・情態言の生産性が高いとも言えないので、別物として扱う。方策としては、
- -aru, -eraru のように後接形式の一部とみなす →この方策を採る
- -a, -e を、ヴォイス変換の派生接辞とみなす
- -a, -e を語幹の一部とみなし、 omofa, ide を語幹の異形態とみなす
- -a, -e を意味を持たない挿入辞とみなす
- 同様の問題が, i-tar-i, e-r-i にもあるが、これも(成立の意を認めず、)①を採る
- 同様の問題が禁止の -na, -soと -tutu にもある。これは動詞にしか接続しないので附属形式になるが、
- -naの場合は存在の屈折接辞に後接するので屈折接辞の意も生きていると考えて(屈折接辞がついて語になった後、さらに後接した、と考える)、附属語とみなす。
- -so, -tutu も同様の分析。
動詞の語幹
- 「出づ」「過ぐ」の語幹を、id-, sug- とするか、id-, ide- と sug-, sugi- のように2種類の語幹を認めるか問題
- 語幹を複数認めてしまうと、派生接辞にも -rar, -rare のように複数形態を認めなければならないので、前者を採る
- また、1つに認めることで、いわゆる四段VS下二段などの自他対立を、「屈折で表し分けている」と考えることができる
- 以上の手続きによって示される活用体系が、次表
日本語史上の位置づけ
現代語との比較
- ナロク(1998)*2との比較
- 語幹に関して、
- 活用語尾に関して、現代語は以下のように分析される
- (r)u, (r)eba, (y)oo, e(命令), ro, yo (a)zu, Te, Ta, Tara/Taraba, Tari
- Taは派生接辞-itar-i, -etar-i がもと、Taraも派生接辞+屈折接辞、Tarabaは派生接辞+屈折接辞+助詞だが、これがひとまとまりで活用語尾となる。(r)eba, (y)oo, (a)zuにも同様の独立度の喪失がある
- 「附属語だったものが独立度が失われ、活用語尾になるということは、さまざまな形式に付属して文法的意味を担っていたものが、動詞特有の文法形式になっているということ」
- 派生接辞に関しては (a)n・u(否定)が、もと助動詞
- 以下2点が指摘できる
- 活用語尾の機能退化
- 活用語尾の後退、もしくは後接形式の取り込み
- これによって助動詞の数は減少し、複合動詞・補助動詞のような分析的な形を使うようになっている
動詞活用成立期との比較
- 活用語尾の機能喪失・退化
- 未実現の活用語尾は情態言(cf.山口佳紀)由来だが情態言として働くことはなく、aru, iraru, eraru など、積極的に情態言の意味を認めづらい派生接辞の一部もあり、活用形としての機能限定が見られる
- 露出形としての連用形・終止形が、i-tar-iのように「成立」の意を認めづらく、(後に音便化することからも)機能退化が見られる
- 活用語尾の後退、後接形式の取り込み
- 連体形は 情態言 saka や aku(動詞)+ ra(情態言) に 連体接辞 uがついたものと考えるが、これも、連体接辞の「取り込み」と考えられる
- 已然形も独立化接辞i の取り込みとして理解できる
補足
- 2018/3/10の「中世後期日本語動詞形態小見」(「通時コーパス」シンポジウム2018)が、CHJ室町時代編の利用によって本稿の平安と現代の間とを橋渡しするものであった