ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

福元広二(2014.6)初期近代英語期における仮定法の衰退と I think の文法化

福元広二(2014.6)「初期近代英語期における仮定法の衰退と I think の文法化金水敏・高田博行・椎名美智編『歴史語用論の世界:文法化・待遇表現・発話行為ひつじ書房

要点

  • 挿入詞的 I think の発達を、近代の仮定法の衰退と結び付けて考える

挿入詞的 I think

  • 先行研究では、構文的な変化として I think that → I think 0 → 挿入的 の順序を想定*1
    • I think that we're definitely moving towards being more technological.
    • I think 0 exercise is really beneficial, co anybody.
    • It's just your point of view you know what you like co do in your spare time I think
    • 後期中英語ではthat vs 0 が同等だが、初期近代英語2期(1570-1640)頃に優勢に
    • 主語が名詞のときより代名詞のときに、また、話し言葉のときに省略が起こりやすい
  • that節の問題として、
    • 従属節における動詞の法が、仮定法から直説法へと変化すること
    • 命題内容に対する話者の確信の程度によって法が選択されていた
      • 仮定法は、命題に対する話し手の疑念が高いとき
      • 直説法は、命題に対する確信の度合いが高いとき

初期近代英語の I think

  • 先行研究ではヘルシンキコーパスとCEECコーパスを用いたが、ここでは演劇資料を用いる
  • 補文構造に関しては先行研究の指摘と一致
  • 従属節の法選択については、
    • I think S be を仮定法としてカウントした場合、初期近代英語3期に至ってその例が見られなくなる
    • 仮定法をとるとき、 I think は文頭にしか現れず、the devil などの疑念高い系が多い
      • I think the devil be in my sheath, I cannot get out my dagger.(1594)
  • すなわち、挿入用法が増加する時期と仮定法が衰退する時期が一致する

Shakespeare(初期~後期近代英語)の I think

  • Riverside版*2では
    • thatなし、挿入の例が多く、より変化が進行
    • I think S be に関しては前節と同様
  • 版本を比較すると、 I think S be が I think S is に校訂された箇所あり
    • 「17世紀後半の劇作家や編纂者たちは、おそらく当時ではほとんど廃れていた仮定法を使用することをやめ、I think の従属節に、仮定法ではなく直説法を使ったと考えられる」
    • 「しかし、興味深いことに18世紀末の Capell 版や19世紀以降の版本では、原典回帰の傾向が見られ、クォート版やフォリオ版のようにまた仮定法に戻る傾向が見られる」
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      p.39
  • 事例として、
    • I think my wife be honest, and think she is not; I think that thou art just, and think thou art not, I'll have some proof.(Riverside版Othello
      • my wife be honest は仮定法で確信度が低く、 she is not は直説法で確信の高さを示す
    • 1623, 1632, 1664, 1685のフォリオ版を比較すると、1664, 1685では my wife is honest, and think she is not と校訂されている
    • 「話者の確信の低さを表す語用論的な役割」を、I think が担うようになったと指摘*3

まとめ

  • I think の挿入用法は1650年以降に増加、これは、I think の従属節に仮定法が見られなくなる時期と一致
  • 早期フォリオ版では I think S be と I think S is の使い分けがあるが、
  • 補文標識thatの脱落と仮定法の衰退により、I think の主節らしさがなくなり、I think + 従属節が2つの主節のようになる
  • それまでの従属節が主節の役割を持ち、一方でI thinkが主観化を強め、意味が漂白化*4

気になること

  • 専門外で僭越、Shakespeare内に345例ある I think の動向に対して、18例しかない仮定法を要因として持ち出してよいのかどうか
  • (Shakeapeare版本に関して)「このような使い分けが見られるということは I think はまだ挿入詞として十分に確立していないと言える」のも、初期近代英語期でも挿入用法が十分発達しているように見えるので、これもどうなのか。要するに、数を見る限りでは、thatの脱落の一般化だけでも、[I think that [SV]] → [I think [SV]] → [I think][SV] を説明できるように見える
  • 挿入詞的 I think が「話者の確信の低さ」を担うという説明は、挿入詞的 I think が I think S be も I think S is も表せてしまうことから納得がいかなくて、I think の中で仮定・直説/確信高・低の区別がなくなったか*5、I doubt みたいな語彙的なやつに担保させるようになった、というような見方の方がそれっぽいな~という感じはする(素人)

*1:「(1)から(3)へと一方向的に発達しているので、Thompson and Mulac (1991)は文法化の例としてみなしている。」の因果関係はなぞ

*2:いわゆる全集版

*3:とすると、she is not の方はどう説明したらよいのか?

*4:これは経緯ではなく結果と見るべきか

*5:もしくは挿入詞的用法ではどちらかが優位に多い・少ないとか