小柳智一(2011.3)上代の動詞未然形:制度形成としての文法化
小柳智一(2011.3)「上代の動詞未然形:制度形成としての文法化」万葉語学文学研究会編『万葉語文研究 6』和泉書院
要点
- 上代の未然形が表す機能を整理することで未然形の機能を分割し、成立論に及ぶ
未然形の整理
- 上代の動詞活用に対する2つの立場
- 成立論的立場:sak + a > sak-anisu, sak-amu などが、 saka となったと考える。共通する意味の抽出は難しい
- 文法論的立場:意味機能として「未然」(未実現性)を見出す
- 未然形の意味用法を整理すると、
- Ⅰ ず(否定) む(推量・意志) じ(否定推量・否定意志) まし(反実仮想) ば(仮定条件) ばや(願望) な・ね・なも(希望)
- Ⅱ ゆ・らゆ る・らる(受身)しむ(使役)
- Ⅲ す(尊敬) ふ(継続)
- Ⅰは未実現を表すが、Ⅱ・Ⅲは未実現とは関係がない
- 橋本(1959)*1はⅠを助動詞・助詞、Ⅱ・Ⅲを接尾語として分割することで「未然形の未実現性」を担保
- だが、ⅡⅢが何なのかは明らかになっていない
Ⅱの場合
- 受身の「ゆ・らゆ」「る・らる」の場合、強活用に「ゆ」「る」、弱活用に「らゆ」「らる」が付くとされるが、この記述は不自然
- 欺かる、あらる、死なる、恋ひらる、誉めらる、見らる、来らる、せらる より、直前の -a につくと考える。 - 強活用の場合は動詞活用形に -a があるのでそれに付き、弱活用はそれがないので「ら」を介在させて -a を作ることによりそれを解消させる
- このとき、恋ひら、誉めら、は未然形ではないので、欺か も未然形と見るべきではない
- この -a と類似する現象に、
- -a 自動詞派生(mas-u > mas-a-ru, ag-u > ag-a-ru)
- -u, -o 他動詞派生(kugum-u > kugum-o-ru ,sug-u > sug-u-su)
- -a 形容詞派生(nayam-u > nayam-a-si, kuj-u > kuj-a-si)
- -o乙, -u 形容詞派生(oj-u > oj-o-si, pur-u > pur-u-si)
- -a, -u, -o乙 は、独立性がなく、「情態語基」*2と捉えられる
- 弱活用のときに添加されるのが「ら」なのは、語尾としての一般性があるから
- ク語法の「ら」(恋ふらく)、弱活用の連体形・已然形語尾「恋ふる」「恋ふれ」、上一段の終止形語尾「見る」に見られるラ行要素
- 弱活用のときに添加されるのが「ら」なのは、語尾としての一般性があるから
Ⅲの場合
- 尊敬の「す」の場合、継続の「ふ」の場合も情態語基と認められる
- 尊敬の場合、受身と異なり -a に限られないが、基本的には情態語基とみなされる
直前の母音 | 四段 | 上二段 | 下二段 | 上一段 | サ変 |
---|---|---|---|---|---|
a | kik-a-su | koj-a-su | nad-a-su | ||
o乙 | kik-o2-su | ||||
e甲 | ip-e1-su | m-e1-su | s-e1-su | ||
i甲 | m-i1-su |
- 継続の「ふ」は四段と下二段に、 -a または -o乙につく
- sum-u > sum-a-pu, nagar-u > nagar-a-pu
- utur-u > utur-o-pu, yos-u > yos-o-pu
- 以上より、Ⅱ・Ⅲにつくのが情態語基ならば、Ⅱ・Ⅲは助動詞ではなく接尾語であると見て、Ⅰに「未実現性を表す活用形の未然形」がつくものと考えればよい
情態語基と未然形
- この2つはなぜ一致するか?未然形の成立も併せて、情態語基の展開を考える
- 情態語基と未然形の共通点は、単独で使用できずに下に何かを伴う点
- 「増す」「増さる」に 増す→増さるという親子関係を想定する他に、増さ→{増す/増さる}という姉妹関係を想定することもできる*3
- 親子関係:原情態語基「増さ」→動詞「増す」→再情態語基「増さ」→派生動詞「増さる」
- 姉妹関係:原情態語基「増さ」→動詞「増す」/動詞「増さる」
- 動詞・形容詞派生の -a, -u, -o乙 において、形態上、原情態語基と再情態語基の区別は判然としない(再情態語基的働きであっても、形態的に不安定である)
- なお、原情態語基に比して再情態語基は動作性を残す。これがさらに活用になれば、語幹が全て同じ動作を表すのと同様
- これが強活用において -a として固定化し、未実現を表すようになることで、再情態語基としての独立性が高くなる
- いわゆる「古い未然形」(~けく)はこの名残
- 情態語基+接尾語 > 未然形+助動詞 という変化により、未然形は単独で使用できない
- 一方で、弱活用では再情態語基が情態語基の形のまま、独自の形に至る
- -a がなぜ未実現か、という点に関しては別稿