柳原恵津子(2012.3)自筆本『御堂関白記』に見られる複合動詞について
柳原恵津子(2012.3)「自筆本『御堂関白記』に見られる複合動詞について」『紀要(中央大学)』239
要点
- 記録語の複合動詞の性質について
- 「記録体には記録体特有の複合動詞が多くみとめられるという(峰岸明)氏の指摘は正しいものであり、古記録の用途に適った複合動詞がさかんに作られていたことがわかるが、一つ一つの動詞の意味や用法という観点から見ると、和文体よりかなり派生の幅が制限されていたようである」(p.56)
記録語の複合動詞
- 御堂関白記本文より、二字以上からなる動詞語彙を抽出し、中古和文との対照、訓点資料・仮名文書・和漢混淆文との対照などを行うことで、複合動詞である蓋然性の低い語を排除
- 後項の動詞の現れ方に3パターン
- ①御堂関白記・中古和文の両方に現れるもの
- 来、出、入、申、上、立、初、御、遣、行(ゆく)、居、置、付、取
- ②御堂関白記には複数回現れるが、中古和文には頻出しないもの
- 参、着、著、送、行(おこなふ)、定、仰、見、向、進、奉、尽、問、用、会、恐、覆、勘、下、候、去、補
- ③御堂関白記には複合動詞後項として現れないが、中古和文に頻出するもの
- 果つ、ありく、渡る、なす、まさる、騒ぐ、罵る、過ぐす、捨つ、添ふ、煩ふ、侘ぶ、馴る、寄す
- ①に関して、御堂関白記では複合動詞の派生が限定的
- 「来」に動作の継続「かぞへ来」、だんだんそうなる「迷ひ来」の例がない
- 「入」に「消え入る」「死に入る」のような、すっかりそうなる、今にも~しそうであるの用法、「思い入る」のような、深く~するの用法がない
- ②に該当するのは人の行き来に関する語や政務に関する語で、記録本来の役割に適う動詞
- ③に該当するのは補助動詞化が進んだ用法を持つもので、①の分析と符号
- 例の少ないものを見ると、補助動詞化したものもある
- 可奉仕由仰置罷出。
- 終日不起事悩暮、
- 皇太后宮返上御給京官二人
- 御堂関白記以外の道長を見ると、補助動詞化したものもある
- 谷の戸をとぢや果てぬる鶯のまつに声せで春の過ぎぬる(御堂関白集)
- かゝるわざしいづ/たゝきわびつる(紫式部日記)
- とすれば、「記録の執筆という場面では、使わない言葉、相応しくないために排除された言葉があった」
- 「記録体には記録体特有の複合動詞が多くみとめられるという(峰岸明)氏の指摘は正しいものであり、古記録の用途に適った複合動詞がさかんに作られていたことがわかるが、一つ一つの動詞の意味や用法という観点から見ると、和文体よりかなり派生の幅が制限されていたようである」(p.56)
- その理由としては、
- 漢字のみで伝えるので、事柄と字の関係がシンプルである必要があった
- 記録体が最終的には漢文体である以上、和語側の派生に対して、その和語を定訓として持つ漢字の使用範囲までを拡大するのは難しかった