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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

衣畑智秀(2017.3)南琉球宮古方言の終止連体形:方言に見る活用形の合流

衣畑智秀(2017.3)「南琉球宮古方言の終止連体形:方言に見る活用形の合流」『日本語文法』17-1

要点

  • 宮古諸方言における「書く」に、2形がある地域と、統一されている地域の事例を見ることで、活用形の合流(終止連体形と連用形の合流)が起こっていることを示す
    • この変化は子音語幹動詞を出発点として、地域によっては母音語幹にも進行している

宮古諸方言の終止連体形の問題

  • ɿ系列:字をkakɿ / 字をkakɿ ときには(新里方言)
  • u系列:字をkaku / 字をkafuときに(狩俣方言)
    • 一般に、/ku/が/fu/に対応(草[fusa]、雲[fumu])するので、/kafu/は終止連体形/kaku/に対応する形で、/ki/に対応して/kɿ/が現れる(肝[kɿmo])ので、/kakɿ/は連用形/kaki/に対応する形
    • 子音語幹の k, g, bで終わる動詞と、「来る」のみに見られる
  • kafu が見られるのは、宮古諸島の中でも周辺地域に限られ(池間・伊良部・狩俣など)、kakɿの方が強い勢力を持つ
    • このとき、 kakɿ が古い形だとすると、k, g, b だけで改新が起こったこと、宮古本島に属する狩俣にも kafu が認められるので、 kafu も宮古祖語に存したと考えなければならず、難しい
    • kafuが古い形だと考えるほうが、分布の説明はしやすいが、伊良部長浜ではむしろu系列が優勢で、単にu系列に代わってɿ系列が発達したとも考えにくい

宮古狩俣方言の終止連体形

  • 終止連体形の出現環境について、
    • 子音始まりの接辞がつくときに語幹拡張の母音がつくことで、kafuが現れる
      • kaf-u-kacɿna(書きながら)、kaf-u-ka(書きに)、kaf-u-taraa(書いたら)
      • idi-gacɿna(出ながら)、idi-ga(出に)、idi-digaa(出たら)
    • そのままの形で終止・連体の用法を持つ
      • kafu, kafu-na(書くな), kafu=ka(書くか)
      • idiɿ, idiɿ-na, idiɿ=ga
    • 複合にも用いられる
      • kafu+jasɿ-kan(書きやすい)、idi+jasɿ-kan(出やすい)
      • kafu+padzɿmiɿ(書き始める)、idi+padzɿmiɿ(出始める)
  • 狩俣方言では kakɿ, kafu の両形が使われるとされるが、ほとんどkafuしか用いられない
    • 自然談話・面接のいずれからもそれが確認され、両系列が併存するとは言いがたい
  • kaku > kafu と考えたとき、 kafu は kakɿ に先行する形だが、 kafu と 日本語 kaku は用法まで共通するわけではない
    • kafu は終止・禁止・連体には用いられるが、同時・複合・過去には用いられず、この領域は kakɿ が担う(音韻的にもkaki > kakɿ)
    • ここで、終止連体形と連用形の合流が起き、 kafu が広く用いられるようになったと考える
  • ここで母音語幹動詞についても見ると、
    • かつて(ことわざ集)は係助詞 du の有無で結びの形が異なっていたが、
      • attsakaradu bussa umariɿ(隅から武士は生まれる)
      • ami furasɿ njan tsɿkai sɿti(雨を降らせるように使い捨てる)
    • du で結ぶ形が、現代では du がない文にも広がっている
    • 子音語幹動詞についても見ると、こちらはu系列が見られず、統一が先に起こっている

諸方言の活用形の合流

  • どの方言も子音語幹動詞は一つの形で統一
  • 母音語幹動詞は
    • 西里で区別あり、
    • 狩俣では、miɿ(< miru)が「過去」にも用いられる
      • kɿno=o terebi=u=du miɿ-daɿ(昨日はテレビを見た)
    • 大浦、新里では語幹の形が広く使われ、連体や禁止にもmii(< mi)が用いられる
      • もともと mirɿ と mii の区別があったが、それが失われていると解釈される