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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

山口響史(2018.9)近世を中心とした受身文の歴史:非当事者の受身の発達とその位置づけ

山口響史(2018.9)「近世を中心とした受身文の歴史:非当事者の受身の発達とその位置づけ」『日本語文法』18-2

要旨

  • 非当事者の受身、受害を表す使役受身が近世後期に発達することを示し、それを、受身が受害構文として確立する一現象として捉える
  • テモラウの成立・発達をレル・ラレルの発達の背景として考える

問題

  • 古代語の間接疑問文には制限があり、「受身文の主語が動詞の表す事態に参与する項に含まれない」受身は近世後期に出現する
    • コレサ〳〵、足下のやうに、(甘次ハ)さう意地悪く出られては、どうもかなはぬ(浮世風呂
    • [短八(話者)ハ]其顔で色気があらちやァ糞色だ(浮世床
  • こうした新たな受身文の発達には、受身文の主語が他者と競合する「競合の受身」が下地となったと考えるとき、歴史的に離れた近世になぜ発達するのか、という問題が残る
    • [殿上人たちガ]呉竹の名を,いととく言はていぬるこそいとほしけれ(枕)
  • 近世を中心とした受身文の歴史的変化を把握し、受身文全体の歴史の中での非当事者受身の発達の位置付けを考える

調査

  • 受身文の用法の決定に深く関わる前接語を分類すると、
    • 他動詞:中古以降一貫して他動詞が多くを占める。「競合物」の例も所有物の例と連続的なものとして捉えられるが、近世後期になるとそれらに該当しない、主語が項成分にも事態参与の項にもならない「非当事者の受身」の例が現れる
      • 大きな穴をもつてきられちや,どふもじつとしていられめへから,(諺臍の宿替)
      • 非当事者の受身:受身文の主語が動詞の表す事態に参与する項とならないもの。(はた)迷惑の受身,第三者の受身とされてきた用法の中で受身文の主語がニ格に立たないもの
    • 自動詞:一貫して用いられるが、近世までは主語が実際に物理的な影響を受ける例ばかり。近世後期になると、やはり非当事者の例が見られるようになる
      • わたしの寐るのハ勝手次第だが[おふくろ(話者)ハ]茶やでねられてたまるものか(春色三題噺初編[1864])
    • アスペクト形式の前接(乗ていられては)は近世後期以降
    • 使役助動詞の前接(泣かせられる)も近世後期以降で、「させられ感」を表す受害の用法がこの頃に確立

現象整理

  • 明らかになったのは以下2点
    • a 近世後期において非当事者の受身がみられるようになる。
    • b 近世後期において,いわゆる「させられ感」(受害)を表す使役受身文がみられるようになる。
  • a:非当事者の受身は、主語が事態の参与項とならず、追加項である点で、それまでの受身と構造的に一線を画す。これは、無関係の主語が事態から影響を受けるように表現するものなので、受身における受害構文の確立として位置付けられる
    • それまでの受身文は利害性を問わないもので、文脈や動詞の語彙的意味がその機能を担っていた
  • bも同じく受害を表す点が注目される。そもそも使役受身文が受害を表す必要はなく(受身文が受害に傾斜していなければ受益を表してもよいはず)、近世後期において受身文が受害を表していたからこそ使役受身文も受害を表したと考える
  • とすると、a,bはたまたま同時期に起きたのではなく、近世後期に受身文が受害構文として確立することとして包括的に説明できる
  • これが近世後期であった理由としては、テモラウ文の成立・発達が関わっている
    • テモラウは利害性において、受身と対照的な関係にある
      • (私は)娘に彼氏を連れて来てもらった。[利害性:受益]
      • (私は)娘に彼氏を連れて来られた。[利害性:受害]
    • テモラウの成立は中世末期、特に近世前期に非当事者受身相当の例がある
      • とつとと退いてもらはう(山崎与次兵衛寿の門松)
    • テモラウは受身よりも先に非当事者受身相当を確立していたので、受益専用のテモラウの発達によって、対照的な関係を持つような形で受け身文も拡張したものと考える

雑記

  • とある九州出身の先生の論文に「比較してみるたい」とあり、「これは衍字なのか……?」となった