吉田永弘(2014.1)古代語と現代語のあいだ:転換期の中世語文法
吉田永弘(2014.1)「古代語と現代語のあいだ:転換期の中世語文法」『日本語学』33-1
要点
- 転換期として位置付けられる中世語の事例として、
- 連体法の「む」の衰退
- 仮定形の成立
- 肯定可能の「る・らる」の拡張
- を挙げ、これを軌を一にする変化として統一的に解釈する
連体法の「む」の衰退
- 高山(2005)など、連体法の「む」は「非現実性を明示する標識」と考えられる
- 古代語の連体法「む」の衰退時期は中世後期
- 形態「う」に至っても連体法は生産的に用いられているが、「タメニ」など、修飾節に変化が見られるものがある
- 吉田(2011)参照、「タメニ」構文は、 ムタメニ→ウタメニ/無標タメニ の変化を辿る
仮定形の成立
- 矢島(2013)*1
- 已然バの3用法
- 原因理由:海荒ければ、船出ださず
- 偶然条件:目をさましてきけば、鹿なむ鳴きける
- 一般条件:あはれ進みぬれば、やがて尼になりぬかし
- このうち、一般条件は特定時のことでなく、前件と後件の結びつきが常に成立することを表しており、原因理由・偶然条件と比べて既実現の性格が弱い
肯定可能の「る・らる」の拡張
- 吉田(2013)参照
- る・らるの肯定可能は、A 既実現・非意志の例が早く、中世に至ってB 既実現・意志、C 不定・意志の例が見られ、中世後期にD 未実現・意志の例が見られる
- 未実現の例が遅れるというのがポイント
統合的解釈
- 以上の変化をまとめると、
- 無標形が「む」で表していた未実現の領域に侵出する
- 已然形が仮定条件を表すようになる変化
- る・らるが未実現の肯定可能を表すようになる変化
- これは、「未実現領域への拡張」と「未実現領域の縮小」として捉えられる
- 古代語は活用形と意味の対応が見られる
- 未実現には未然形、既実現には連用形、実現性の強い未実現には終止形
- 中世後期になるとこの体系は崩壊する(cf. 連用形+たい)
- 既実現・未実現の間を繋ぐ変化として統合的に解釈が可能
- 一般条件→仮定条件の変化は、「未然形+ば」が仮定条件、「已然形+ば」が確定条件、という関係性が、ならば・たらばに固定化することで「未然形+ばが仮定条件」という意識が希薄化したもの
- 肯定可能も、一般論の例が既実現・意志的→未実現・意志的と読み替えられたもの
- タメニの変化は、ムの連体法における衰退領域(未実現)に無標形が侵出する変化だが、肯定可能に関しても同様に、主節においてムの領域に侵出したものと捉えられる