小林正行(2006.1)「狂言台本における助詞バシ」『日本語の研究』2-4
要点
- 狂言におけるバシについて、使用実態と用法の変遷を明らかにする
問題
- 従来の指摘
- 中世前期には目的格の語に接し、仮定・推量・意志・疑問・禁止と共起
- 中世後期には目的格以外にも助詞や用言連用形に接続し、疑問・禁止に偏る
- 係り結びの崩壊過程においてナ~ソやカに代わって焦点明示の機能を持つとされる
- 近世では、古語的であることのみを根拠に、使用階層の偏りや品位を伴うことが指摘される
- 実態がよく明らかでないので、狂言台本で明らかにする
- 狂言台本は、「中世語としての性格と、舞台言語として「表現効果」を求める性格」上、バシの多用が予想される
狂言におけるバシ
- 虎寛本に多く現れ、単なる古態の継承でないことが指摘できる
- 文型としては、
- 目的格に相当するものが最も多く、疑問表現と共起する例に偏る
- 禁止・仮定条件・意志・推量との共起は少ない
- 特に虎寛本に、主格相当の例が多く現れる
- 名詞バシ(目的格):大寒、小寒ばし食らうたか(天理本)
- 疑問との共起が多く、意味的には強調とも例示とも取れる
- 他、バシ禁止、バシ仮定、バシ推量の例が少数あるが、これも強調とも例示とも取れる
- 名詞バシ(主格):若御客ばし御座らうかと存て(虎寛本)
- 近世中期以降に現れ、狂言台本中での新しい用例
- 夫には又子細ばし御ざるか。/夫には又子細でも有るか。 の対がある
- これらの例は、「御客」や「子細」に具体的な同類項がなく、例示としては捉えにくい。疑義そのものをぼかす表現か
- 他、バシ推量・バシ仮定がある
- 近世中期以降に現れ、狂言台本中での新しい用例
- その他、
- 「ヲバシ」は疑問文にのみ用いられる:合戦したる所をばし食らうてあるか(天理本)
- 「トバシ」は禁止句中にのみ現れ、近世前期には用いられない:けふよりはうちへこふとばしおもはしますな(虎明本)
- ニバシ禁止は1例のみ
- 「デ/ニテバシ」は近世前期には見られず、近世中期以降に中心的な用法となる。特に鷺流に多い
- もし此沙門天王てばし御さるか(忠政本)
- 近世後期になるとデバシは古体のニテバシに変更され、「古体と共起させることにより、改まりや丁寧さをより強く表したもの」と考えられる
まとめと変遷
- 以上まとめ、
- 大多数が疑問表現と共起
- 近世前期に名詞バシ(目的格)、
- 近世中期に名詞バシ(主格)や丁寧な疑問の指定辞に挟まれるバシ、禁止のバシは広がりを見せず、
- 近世後期には新たにバシ推量やバシ仮定が現れる
- 近松を見ると、これらの変化と並行する形で、近世中期以降の用法のバシが確認される
- 狂言のバシは、
- 本来強調の意味をもつものが、事物を列挙する文脈で用いられる(際立たせる前の母集団を想起させる)ために例示の意味を持ち、
- 中世語として狂言らしさを演出する効果と相まって、中期以降に新たな用法で用いられるようになった
- 主格やデ・ニテバシが持つ「品位」の意は、例示の同類を仮想的に暗示し、ぼかす効果によるもの
- なお、このバシゴザルカ・オリャルカは、コソゴザレが「忝なうこそ御座れ」のようにして、古語による品位を保つために用いられた現象と並行する