金水敏(1991.3)受動文の歴史についての一考察
金水敏(1991.3)「受動文の歴史についての一考察」『国語学』164
要点
- 非情の受身非固有説を再検討し、以下の点を示す
- 固有の非情の受身の類型が存すること
- ニヨッテ受身がその領域を拡張したこと
問題点
- 非情の受身は固有のものでないというのが通説
- 論者によっては近代以降に翻訳語調としてもたらされたものとされる
- 一方、中古には少なからず、非情の受身の用例があるが、
- かといって近代語において、非情の受身に関連する新しい受身が生まれたことは否定できない
受動文の類型
叙景文
- 平安時代の非情の受身には「叙景文」が多い
- すずりにかみのいりてすられたる。(枕)
- 状態性の表現であることに留まらず、すべて視覚的な状況描写
- これらは、無対他動詞から作られることが多い
- 「捨つ」「押し出だす」「引き散らす」「植う」「吹き折る」「振りやる」「貫く」「引き結ふ」など
- 他動詞に対する自動詞の穴を受動表現が埋めている
有情の受身
- 人間を主語とする受動文の文章論的機能は、動作主ではなく受け手視点で行うことに重点があり、新主語(受影者)は人格的役割を担っている
- 迷惑の意は典型的なものであるだけで、限定されるわけではない
- おもふ人にほめらるるは、いみじううれしき(枕)
非情の受身のバリエーション
- 意味的な観点から分類すると、
- 中古仮名散文にはⅠ以外が少ないが、漢文訓読文には広範に見られる
格と意味役割の分布
- 中古の非情の受身には、旧主語をニ格で表示する例が多い
- うきみるのなみによせられたるひろひて(伊勢)
- すなわち、中古の受動文は、以下のパターンが可能
- 受影者(主格)、動作主または経験者(ニ格)
- 対象(主格)、周縁的他動主(ニ格)
- 一方、対象を主格として、動作主または経験者をニ格に立てることはできない
- すなわち、人格的役割を担ったニ格があったら、新主語も人格的役割がなければいけないという制約がある
- これを、ニヨッテ受身が拡張したと考える
- 対象を新主語とする非情の受身でも、ニヨッテを用いれば意志的な動作主を表示することができるようになる
- オランダ直訳文典の例が早く、
- 彼所ニ併ナガラ一二ノ一般ノ規則ト而シテ経験ガ此ニ就テ巧者ナル語学者ニ由テ定メラレテアル(和蘭文典読法[1856])
- この段階で、次のような分布が形成される
- この点において、ニヨッテ受身の拡張は「日本語の体系をそこなうものでなく、むしろそれを豊かにするものであった」
主格 | 旧主語表示 | |
---|---|---|
a | 非人格的 | なし |
b | 非人格的 | 非人格的ニ |
c | 非人格的 | 人格的・非人格的ニヨッテ |
d* | 非人格的 | 人格的ニ |
e | 人格的 | 人格的ニ |
f* | 人格的 | 人格的・非人格的ニヨッテ |