仁科明(2016.3)「上代の「らむ」:述語体系内の位置と用法」『国語と国文学』93-3
要点
上代の述語体系
- 事態のあり方への把握と述べ方について、
- まず、発話時を基準とした上での現実領域に属するか非現実領域に属するか
- 現実について積極的な主張を行うものを「確言的叙述」、非実現領域について想像の表明に留まるものを「臆言・想像的叙述」とする
- 述べ方には既然・過去のことと、現在のことの3通りがあることになる
- さらに、未確認かどうか、という区別もある
- 過去・現在・非現実、既確認・未確認、確言・臆言のうち、組み合わせがありえないものを除き、述語形式と対応させると以下のようになる
- まず、発話時を基準とした上での現実領域に属するか非現実領域に属するか
- ラムは現実・未確認のものとしてラシと対になるが、実際の用法における例外も含めて検討する
上代のラム
- A 現実未確認事態の思い描きとして理解できるもの
- A1 事態推量(いわゆる現在推量):沖つ藻の名張の山を今日か越ゆらむ
- 事態そのものに力点をおいて、現在未確認の内容を思い描く
- A2 因果関係推量(いわゆる原因推量):恋ひ死なば恋ひも死ねとや我妹子が我家の門過ぎて行くらむ
- 原因・背景が未確認で、Vラムそのものは未確認ではない
- ラムは疑問文の例に偏るが、ラシの場合は平叙文の例のみ
- A3 原因事態推量(疑問文のみ):なぞ鹿のわび鳴きすなるけだしくも秋野の萩や繁く散るらむ
- 事実の背景や原因事態を思い描く用法で、ラシの場合は平叙文のみ
- A4 伝聞用法(連体法のみ):古に恋ふらむ鳥は/人皆の見らむ松補の
- 他人の発言を受けて、それで得られただけの情報であり、真偽については未確認
- A1 事態推量(いわゆる現在推量):沖つ藻の名張の山を今日か越ゆらむ
- B 眼前事態への不信感・拒絶感:恋しけく日長きものを逢ふべかる宵だに君が来まさざるらむ
- 「信じられない」という気持ちを表明しており、「どうして」を補っても訳すことができてしまう
ラムとラシ
- ラム・ラシの推論の違いは概略、ラム:原因・背景→結果、ラシ:結果→原因・背景と捉えられてきたが、これだけでは捉えられない対立がある
- 疑問文の場合、逆行推論のA3にはラムが伸長している
- まず平叙文の場合、事態推量にラム、原因事態推量にラシという対立がある
- ラシは未確認事態の確言を行う形式で、手元の事態とこれまでの知識を根拠として、その背景に遡って判断が行われている(経験に支えがある)
- ラムの場合は、経験や知識から自由に推論を働かせる場合にラムが用いられている(推論に支えがない)
- 疑問文の場合、原因事態推量にもラムが用いられるのは、
- 事態推量の場合に用いられるのは平叙文と同様
- 原因事態推量の場合、「疑問」を「判断を放棄すること」と捉えれば、確言形式は用いにくく、むしろラムが入り込む余地があった
- A2 因果関係推量では、疑問文はラム専用、平叙文はラシ・ラムが拮抗する
- ラムはA1平叙文・疑問文の用法を起点としてA2に進出
- ラシはA3平叙文を起点としてA2に進出したために、こうした分布になったと考える
- A4 伝聞用法の場合、ラムは連体、ラシは終止という分布がある
- 古の七の賢しき人たちも欲りせしものは酒にしあるらし
- が、ラムの意味的制約(人から聞いただけ)を考えると、ラム・ラシは別の理由で伝聞を実現している
B類の用法への拡張
- Bは推量とも未確認とも捉えにくく、ラシとも対立しないが、どう理解すればよいか
- 連続性がある部分は、
- A2→B 既定の内容を表す動詞句を取ることがある
- A3→B 眼前で成り立つ事態を解釈として提示する
- アプローチとしては、ある受け入れ難い内容を、
- 連体形終止による「驚き」として表現した例として捉える
- 「確言できない」(受け入れていない)ものとして表現した例として捉える