佐藤祐希子(2003.1)「気づかない方言」の意味論的考察:仙台市における程度副詞的な「イキナリ」
佐藤祐希子(2003.1)「「気づかない方言」の意味論的考察:仙台市における程度副詞的な「イキナリ」」『国語学』54-1
要点
- 仙台市におけるイキナリの意味拡張
- 方言独自の意味形成の事例として
問題
- いわゆる「気づかない方言」は、方言話者が「共通語の意味と方言特有の意味を一語の多義関係にあると理解してしまうこと」によって生まれる(定着する)
- 仙台市方言イキナリは「イキナリおいしい」のような程度用法を持つ
- 多義構造を明らかにしつつ、その意味変化についても考え、気づかない方言を意味論的に分析する
- 手法は、共通語のイキナリ(面接調査)、仙台市方言のイキナリ(面接・アンケート調査による)の調査による
分析
形容詞文
- 共通語のイキナリは、事態成立の意外性と瞬間性を、意味論的特徴として持つ
- イキナリ扉を開けて入ってきた
- 仙台市方言のイキナリは、
- (初めて食べるケーキについて)このケーキ、イキナリおいしい。=非常においしい
- (初めて見る部屋について)イキナリ立派な部屋だ。=非常に立派な部屋だ
- 既に認識している場合にはイキナリは使えない
- また、以前の状態(かっこいい)に対する今の予想外の知覚(格好悪い)にも用いられる
- (一年ぶりに着た冬服の感想)イキナリ格好悪い。=非常に格好悪い
- すなわち、仙台市方言のイキナリは、事物の状態の意外性と程度性を意味論的特徴として持つ
- 「意外性」が共通し、瞬間か程度かという点が相違する
動詞文
- 動詞文に関しても、仙台市方言のイキナリは意外性・程度性を持つ
- バスがイキナリ止まった。:瞬間性
- 地震で家がイキナリ揺れた。:程度性の解釈可
- 試着したらイキナリ似合った。:程度性の解釈しかできない
- 程度のイキナリは「変化の進み具合」を程度性として意味する
- 程度性を表す動詞は、「それらが表す動作・変化・状態に対して、その程度について言及する余地がある」動詞
- a:動作の成立に内的な限界を持たない動詞:[3]「主体動作動詞」(歩く、押す、叩く)
- b:主体や客体の変化に進展性がある動詞:[1]「主体動作・客体変化動詞」の一部(破る、汚す)、[2]「主体変化動詞」の一部(あたたまる、寝る、膨らむ)
- c:状態を表す動詞:[4]「内的情態動詞」(痛む、困る、疲れる)、[5]「静態動詞」(いる、泳げる、似合う)
使用状況と言語意識
- 古いものでは1938年に「いきなり押しんすな:乱暴に押すな」の記述あり
- 使用状況を見ると、
- 動詞文の場合、高年層の使用が他の世代よりやや多い
- 形容詞文の場合は若い世代が中心
- すなわち、動詞文の程度イキナリが形容詞文の程度イキナリに先行する
- また、程度イキナリは共通語としての意識が強い
- このことは、共通語イキナリと仙台のイキナリが意味的に共通することによる
- 派生関係としては、
- 共通語イキナリ > 動詞文の程度イキナリ > 形容詞文の程度イキナリ
- 共通語イキナリ > 動詞文の程度イキナリ(変化1)
- 情態副詞から程度副詞が一般的であること
- 共通語イキナリは全国的に分布するが、程度イキナリは周圏分布をなさず、中央語資料にも見当たらない
- 動詞文の程度イキナリ > 形容詞文の程度イキナリ(変化2)
- 意味的に動詞文イキナリが中間的で、しかも使用年代も上
- 特に変化1に関しては、本来瞬間的に成立した事態の意外性のみを示したものが、その際に生じる事態の程度的側面へ視点を移動させたことによるもの
- 状態を表す語が程度副詞化する事例は多い
- すごく、たいへん、非常に、でら(<どえらい[愛知])、たいぎゃ(<大概[熊本])、しんけん(<真剣[大分])
- であればイキナリの程度副詞は他の地域で起こってもよいが、実際は仙台にしか見られない
- 仙台に共通語志向が強いために、仙台でのみ定着したと考えられる
雑記
- 講義でこのイキナリの話をすると「いきなりステーキのいきなりってそういう意味だったんですね!」みたいな感想が来て、いやいきなりステーキはいきなりでしょ、ってなる