斎藤文俊(2018.11)「明治初期における聖書の翻訳と日本語意識:漢文訓読語法「欲ス」を例に」沖森卓也編『歴史言語学の射程』三省堂
要点
- 聖書翻訳において、漢訳聖書の「欲す」が他本でどのように現れるかを見ることで、その文体選択のあり方を見る
聖書翻訳の問題
- 聖書翻訳において、聖典としての「威厳ある文体」か、万人が読める「平易な文体」か、といった選択(もしくは両立)が必要となる
- 翻訳委員社中訳『新約全書』(1880刊)について、平易な文体というヘボンの評価がありつつ、漢訳の味わいも見られるという指摘もある
- これまでに指摘されている「平易にする工夫」は、
欲ス
- これらの結果を踏まえつつ、「欲ス」について見る
- 漢文訓読語法では、願望の場合にホッス、将然の場合にムト欲(ス)だったものが、江戸時代頃にいずれもホッスへと移行
- 明治初期には欲=ホッスが固定化していた
- 例えば『欧洲奇事花柳春話』(漢文訓読体の翻訳)と『通俗花柳春話』(同訳者による「馬琴調の和文体」)を比較すると、
- 盗マント欲スルコト / 盗まほしきは
- 夢ミンコトヲ欲ス / 夢に見ばや
- 例えば『欧洲奇事花柳春話』(漢文訓読体の翻訳)と『通俗花柳春話』(同訳者による「馬琴調の和文体」)を比較すると、
- 聖書においては、訓点本で「欲ス」とある箇所54箇所に対し、ヘボン訳は7例「ほつす」、社中訳には「欲す」が見られない
- んとす とするもの
- 欲[おも]ふ、欲[ねが]ふ、など、ルビを用いるもの
- 殺ント欲スルは「謀る」とするなどの特徴あり
- 以上、「欲す」としない点には平易な文体の志向があるが、一方では欲字にルビを用いるという威厳ある文体を両立させようとする態度もあった