田島優(2016.9)「困惑(自己)から同情・配慮(他者):感謝表現の発想法の変化」『近代語研究』19
要点
- どのような発想に基づくかという観点からの、感謝表現の分類と、
- それらの「発想法」が個々の表現の変遷と関連するかどうかの検討
前提
- 中央語の笑止・気の毒は「自己の困惑から相手への同情へ」という意味変化を遂げる
- 一方、相手の厚意に対する自分の困惑を表現することで感謝の意を表す発想法がある(かたじけないなど)
- 笑止・気の毒は方言では感謝を表す場合がある
- 種々の感謝表現の発想法の間と関連性はあるか
困惑→感謝
- GAJ270「ありがとう」
- もっけな・気の毒な・笑止な・迷惑について見ていく
- 笑止:山形県南部にまとまった分布
- 江戸末期の方言書『仙台浜荻』に、
- 江戸の「はづかしひ」に対応するとの記述あり、すなわち仙台での笑止は江戸時代から意味が変化していない
- 現代では感謝を表す場合「おしょうし」と「お」をつける
- 江戸末期の方言書『仙台浜荻』に、
- 気の毒な:石川・福井・岐阜に分布
- もっけな:山形県西武や庄内
- 「思いがけないこと」の意で、ありがたいと発想法が共通する
- 方言書に恐縮の意で使うことの記述あり
- 迷惑:津軽に「メヤグ」の語形あり
- その他、かたじけない、ほんじね、うたてーたえがたい、たまるか
相手の厚意に対する評価→感謝
- ありがとうが代表的
- 過分、慮外など
相手への思いやり→感謝
- 上下関係のあまりない状況において、感謝表現は下位→上位への一方的な言語行動ではなく、上位から下位へも行われる
- めーわくかけた、ごねんがいりました、おかげさま、ごちそー(さま)、たいへん、やっけ
その他、
- 上位者が喜びやお誉めの表現によって下位者の厚意に応えるもの
- えがった、よーした
- 副詞による表現
- ようこそ、おーきに、だんだん、どーも、ちょーじょ
困惑から気遣いへ
- 以下に関連性はあるのか?という問題
- 笑止は江戸時代初期にはすでに、自己に関わる困惑→相手への同情という変化を遂げていた
- 気の毒なは宝暦頃に新しい意味が一般化していた
- 感謝表現の発想法の変化は、困惑→相手の行為の評価→思いやり、の順
- 以下の3通りの可能性がある*1
- 笑止や気の毒なの意味変化が感謝表現の発想法に変化を及ぼした
- この可能性はなくはない
- 感謝表現の発想法に変化が生じたことで、笑止や気の毒なの意味も変化
- 時代差があるのでこの考え方はできない
- 両者の変化に直接的には関係がない
- 笑止や気の毒なの意味変化が感謝表現の発想法に変化を及ぼした
雑記
- 学会で山形行ったとき「おしょうしな」という居酒屋に行ったことを思い出した
- その写真はなかったが、こんな写真はあった
*1:全体的に首肯しがたく、それは「一方向性」の問題の首肯しがたさに近い。「発想法」が原則として背後にあるという考え方を批判なしに受け入れてよいのか?