山口佳紀(2016.3)「『万葉集』におけるテハとテバの用法」『成蹊大学文学部紀要』51
要点
- 上代におけるテハ・テバの用法整理と問題例の処理
テハの用法3種
- A:前件として既定の事態を述べて、後件にその後に生ずる事態を述べるタイプ。してからは・したあとは、の意
- 妹とありし時はあれども別れては〈和可礼弖波〉衣手寒きものにそありける(3951)
- よそのみに見ればありしを今日見ては〈今日見者〉[=今日こうして見た以上は]年に忘れず思ほえむかも(4269)
- B:前件が起こると常に後件も起こるという恒常的・習慣的事態を述べるタイプ。一回的でない恒常的・習慣的事態
- 相見ては〈対面者〉[=逢ったときはいつでも]面隠さるるものからに継ぎて見まくの欲しき君かも(2554)
- C:前件と後件とを一体のものとして捉え、後件が前件によって限定されたものであることを述べるタイプ。
- 負けてはあらじと〈負而者不有跡〉 のような例で、「は」が前句と後句を結びつけるために介入しているもの
テバ
- 「したならば」の意で、仮定条件を表す
- 信濃なる千曲の川の小石も君し踏みてば〈伎弥之布美弓婆〉玉と拾はむ(3400)
- 帰結句にムが現れるタイプと、帰結句が省略されたものがある
- 伊香保ろのやさかのゐでに立つ虹の現はろまでもさ寝をさ寝てば〈佐祢乎佐祢弖婆〉(3414)
- 「現はるともよし」が省略されたものと見たい
問題例の処理
- 大伴の御津に船乗り漕ぎ出てば〈許芸出而者〉いづれの島に廬りせむ我(3593)
- 多くの注釈書では「漕ぎ出ては」と読むが、「漕ぎ出す」ことが既定の事実として認められない(歌群が出航前のものと見られる)ので「てば」と読むべき箇所
- 今しはし名の惜しけくも我はなし妹丹因者千たび立つとも(732)
- 「妹によりては」と読まれているが、以下の歌のような「二重仮定形」という表現パターンを認め、「よりてば」とする説がある
- 秋萩ににほへる我が裳濡れぬとも〈奴礼奴等母〉君がみ舟の綱し取りてば〈都奈之等理豆婆〉(3656)
- ただし、仮定を含む歌が「二重仮定」でなければならないというわけではなく、「によりてば」があったことも証明できない
- 「妹によりては」と読まれているが、以下の歌のような「二重仮定形」という表現パターンを認め、「よりてば」とする説がある
- 遊ぶ内の楽しき庭に梅柳折りかざしてば〈乎理加謝思氏婆〉思ひ無みかも〈意毛比奈美可毛〉
- 元暦校本では「婆」だが西本願寺本などに「波」とあり、確定できない箇所
- 「みかも」は通常、成立している事態の理由を疑問とする(山を高みかも)ものだが、ここでは別の用法で、「思ひ無みかも思はむ」の「思はむ」が省略されたものと見る
- 類例、麗しみ思ふ/恨めしみ思へ/さぶしみか思ひて/悔しみか思ひ
雑記
- 風来坊行きたいな…