ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

藤田保幸(2017.3)複合辞であることを支える共時的条件:動詞句由来の複合辞を中心に

藤田保幸(2017.3)「複合辞であることを支える共時的条件:動詞句由来の複合辞を中心に」『龍谷大学グローバル教育推進センター研究年報』26

要点

  • 通時的視点ではない、「複合辞が複合辞であることの根拠付け」を考える

前提

  • 複合辞が複合辞であることは通時的変化から説明されてきたが、共時論としての根拠付けもあるべきではないか
  • 以下の2つを区別して考える
    • A 複合辞であることを支える条件
      • 他の語・語句との関係性によるもの。特にもとの動詞との関係について
    • B 複合辞であることの契機となる条件

複合辞であることを支える条件

  • 以下の3つに分類できる
    • 動詞用法の衰退
    • 動詞用法との意味・用法の分化
    • 動詞用法との断絶

動詞用法の衰退

  • 元の動詞の形で用いることができない
    • 別れに際して/別れに際した/別れに際した時、
    • 批判に対して/批判に対した/批判に対したので
  • こうした動詞を含む複合辞は、当該の動詞そのものが動詞として働くものでなくなっている
  • 動詞句として分析できない以上、「ひとまとまりの何らかの関係づけを表す」形式でしかなくなる
    • 動詞用法が衰退していることが、こうした複合辞が複合辞である(でしかない)ことを支えている
  • ~に限って、~にかけて、~に関して、~に際して、~に先立って、~に対して、~について、~につけて、~につれて、~にとって、~を通じて、~をめぐって
    • ?主催者は、入場者を先着五十名に限った
    • *検討のため、現物についた

動詞用法との意味・用法の分化

  • 意味が通じる元の動詞はあるが、複合辞と元の動詞とで意味・用法上の分化がある
    • 状況に応じて/*状況に応じた/要求に応じた
    • 開会にあたって/*開会にあたった/警護にあたった
    • ニ格・ヲ格名詞句の意味が限定される
  • ~に応じて、~にあたって、~に従って、~を通して、~に至っては、~にあって、~に至るまで、~を駆って、~をもって

動詞用法との断絶

  • 格成分を取らない
    • 前項と連続するが、一旦別に考えておく
  • ~において
    • 支店福岡おいて、営業している → 福岡おいて、営業している。 は可だが、
    • 烏賊川市郊外において、殺人事件が発生した。 はヲ格を取れない
    • ヲ格を取れないことが、動詞オクとの断絶を示す

補足

  • 以上の条件からすると、「によって」類は複合辞として十分確立していないと考えられる
    • ~によって書かれた/*~によった
    • ~説によって検証した/~説によった
    • 天候によって/天候による
    • 速報によれば/速報による

複合辞であることの契機となる条件

  • 辞的形式であると解される契機としての条件として、「メタ言語的自己言及」に注目する
    • おい、いい加減にしろというんだ
    • 試験といえば(≒は)
    • 寒いといっても(≒けれども)
  • トイウ類によって話し手が自己の言葉に自己言及することで、言葉と言葉を関係づける複合辞になる*1
    • なると、として、も同様

雑記

  • これに行ってきた

www.ninjal.ac.jp

*1:主格が立たないことが結局複合辞であることの共時的要件になると考えると、「支える」と「契機」を別立てにする必要があるのか?というのがやや疑問(そもそも「契機」をうまく読めていないのだが)。