村山実和子(2012.10)「接尾辞「クロシイ」考」『日本語の研究』8-4
要点
- 近世を中心に見られる接尾辞クロシイの意味用法を記述した上で、
- クルシイ→クロシイ説を否定し、むしろクロシイ→クルシイであったことを示す
問題
- 近世に「形容詞~クロシイ」が見られる
- 鶏しめ、なべやきと、おもくろしうなしに、外にさかなの仕よふはないか。(大寄噺の尻馬初編[1848-54])
- ぬしはとんだかたくろしいよ。帯をおときなんし。(落咄腰巾着[1804])
- ~クルシイ(重苦しい・堅苦しい)と相通じるような記述が辞書にあるが、関係性はよく分からない
意味と成立
- 語例一覧
- 語基の多くは形容詞で、属性や感覚を示すク活用形容詞
- ク活用→シク活用の派生と捉えられ、シク活用化の特徴とされる主観性の付加、「いかにも~感じがする」の意は、クロシイにも適用できる
- 主観的に捉える例
- 食もたれがして,アレおもつくろしくすはります。(遊僊窟烟之花[1802])
- 不快感を表すマイナスの語に付く例もある
- 甚癇にさはり、…貴公の鼻毛はむさくろしひ。(新撰勧進話[1802])
- いずれも主体の主観に基づくマイナス評価を表す
- 無色な基本形容詞と評価を帯びる派生形容詞の対立に位置付けられる(甘ったるい・甘い、うら若い・若い、下手くそな・下手な)
- 主観的に捉える例
- 成立には クラワシイ>クラウシイ>クロシイの過程が想定される
- こまやかなる所なく、あつくらはしき物に聞ゆる也。(僻連抄[連理秘抄の前身・1345])→あつくろしき物にきこゆる也(連理秘抄[1349])
- アツクラウシイ悪客カキテ、長物語ヲスル(山谷抄)
- 方言分布においても、西日本を中心にクロシイ、新潟・岐阜・富山・石川・島根にクラシイ(<クラウシイ・北陸はa<au)
展開
- ムサクロイの出自についてムサクルシイ>ムサクロシイ>ムサクロイとする説があるが、上により受け入れ難い
- 近世~近代にかけて、クロシイ>クルシイへの勢力交替が起こる
- 両形式は同様の意味を表すので、おそらく語形変化の方向はクロシイ>クルシイであろう
- ~クルシイは古くは連用形(見苦しい)か名詞(心苦しい)に限られるが、近世末に形容詞語幹+クルシイが見られるようになる
- 語基が異なるので、新クルシイは旧クルシイと別の道筋をたどって成立したもの
- このとき、旧クルシイは連濁するが、新クルシイは連濁しない
- MIGURUSHII, NE-GURUSHII, KIKIGURUSHIKI / KATA-KURUSHII, MUSA-KURUSHI, OMOKURUSHII(和英語林)
- 前項が形容詞だと連濁しない(甘ったるい*1、甘辛い)とする考え方があるが、むしろ例外的(甘酸っぱい、ずる賢い)
- 非連濁の~クルシイがもともと接尾辞であったものと考えると、形容詞語幹クルシイはクロシイが転訛したもので、音形の似たクルシイが意味的にも近かったことが影響して成立したものと考えられる*2
- クロシイは、派生接辞の豊富な近世(タラシイ・ワシイ・ナイ)の一端に位置付けられる
雑記
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