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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

矢島正浩(2010.9)近世期以降の当為表現の推移

矢島正浩(2010.9)「近世期以降の当為表現の推移」『日本語文法』10-2

要点

  • 近世期以降の当為表現について、
  • 肯定的当為表現・否定的当為表現ともに、それぞれの中央語(上方語と東京語)で文法形式として発達し、地域語の使用状況に中央語の影響関係を見いだせることを指摘

#前提 - 以下を当為表現として扱う - 肯定的当為表現:行カナケレバナラナイ類(指示・義務) - 否定的当為表現:行ッテハナラナイ類(禁止・非許容) - 条件表現全体の推移として、 - 上方・大阪語では未然形+バ、仮定形+バ・ナラ・テハなどが使用率を 減らし、タラヘの集中度を増す。 - 江戸・東京語は未然形+バが減少するが、基本的に仮定形+バ・タラ・ナラ・ト・テハは一定の均衡をもって推移 - なお、江戸・東京語は上方・大阪語に比べてテハの使用が多め。

条件形側の推移

肯定的当為表現

  • 上方では仮定バが一貫して多く、一方江戸ではバに固まらない
    • 打消+条件形が上方ではヌ+条件形のみだが、江戸ではナクテハなどナイも使うことも関係するか
  • 上方では江戸中期以降に肯定的当為表現を多用するが、江戸では少ない
    • 肯定的当為表現の文法化が上方で進んでいることを示す
  • なお、江戸語では打消にナイが発達するが、一方で打消+条件による肯定的当為表現はナイに交代しにくかった
    • このことは、肯定的当為表現が打消・条件とは独立した文法形式として用いられていることを示す

否定的当為表現

  • 肯定的当為表現とは逆に、江戸東京語において、特に明治期以降に発達する
  • 上方では特定形式に定まらず、明治以降にタラが多用される
    • 通常の仮定的条件文の用法と同様
  • 江戸語では、肯定的当為表現にあった上方語の影響はなく、基本はテハ(ナラン)・一部はト(イケナイ)

後項部の推移

肯定的当為表現

  • 上方では一貫してナランに集中、近年はアカンが急増
  • 江戸語では上方語と同様ナランを継続的に使用する一方で、イカン・イケナイが明治期以降に発達
    • 条件形側の特定形式に定まりにくいという特徴が後項部にも見られる

否定的当為表現

  • 上方では後項部の交代が活発(ワルイ→ナラン→イカン→アカン)
  • 江戸では、明治初期までワルイ・ナラン・イカン・イケナイが併存、それ以降にイケナイに集中する

ここまでのまとめ

  • 文法形式として多用する地域においては両当為表現ともに後項部において変化が少ない
  • 否定的当為表現の発達は肯定的当為表現と比べて早いので、否定側から肯定側への影響を考える必要あり

当為表現の歴史と東西言語

条件形の推移に関して

  • 肯定的当為表現でバが用いられるのは、已然形バがいわゆる恒常を担うのが本質であり、当為と馴染むため
    • これが文法形式となり、条件表現体系から乖離しつつ、江戸語にも影響を与える
  • 一方の否定的当為表現は江戸東京語で先行する。当初からテハが中心だが、これは江戸東京語に条件表現がハ(テハ・デハ)を多用する傾向があることと関係
    • 順接テ+とりたてハによって、条件+後項に対する意外性・受け入れなさを表すテハは、否定的当為表現と性質が合致する
    • 肯定的当為表現においてはハの必要性がないために、部分的な進出にとどまるのでは

後項部に関して

  • 否定的当為表現における江戸語のイカン・イケナイが早い
    • 肯定的当為表現のイカン・イケナイはこれに続くもの
  • 大阪語において否定的当為表現を多用するようになったのは、中央語である江戸語の影響を受けたのではないか

まとめと展望

  • 肯定的当為表現が上方、否定的当為表現が東京で発達するのは、それぞれの中央語の時期において発達したことを示す
  • 地方言語側は時期的にその後を追う形で、地域固有の事情を反映させつつ、同種の表現を用いるようになる

雑記

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