青木博史(2004.9)複合動詞「~キル」の展開
青木博史(2004.9)「複合動詞「~キル」の展開」『国語国文』73-9
要点
- 複合動詞キルの用法が切断→遮断→終結→極度→完遂と展開したことを明らかにしつつ、
- 九州方言における可能の~キルとの関係性についても述べる
前提
- 以下のような複合動詞キルの用法は、どのように形成されたか?
- 語彙的複合動詞では、切断(焼き切る)、終結(乗り切る)
- 統語的複合動詞では、完遂(走り切る)、極度(冷え切る)
- さらに、九州方言では状況可能にキルが用いられる
- 方言の状況も視野に入れつつ、史的展開について考察
史的変遷
- 中古において、
- 中世後期になって、極度を表す例が見える
- スンデシヅマリキツタ者ゾ(蒙求抄)
- 終結に動作強調(きっぱりとする)の意があり、その結果側が注目されたもの
- スンデシヅマリキツタ者ゾ(蒙求抄)
- 完遂の意は近世以降の新しい用法ではないか
- すなわち、以下の展開が想定される
- A 物の切断 一部の動作動詞
- A' 空間の遮断 一部の動作動詞
- B 終結~強調 発話・思考動詞
- C 極度の状態 変化動詞、限界動詞
- D 動作の完遂 動作動詞、非限界動詞
- 限界性を有しない場合にもアスペクチュアルな意味を付け加えることにより適用されたもので、Dの完遂は二次的な意味
- 現代語ではDが中心的だが、歴史を踏まえるならば訂正を要する
- これにより、変化動詞―極度状態 動作動詞―動作完遂という分布が生まれている
可能への展開
- 九州方言の可能のキルについて、完遂の意から可能の意が生じたとする説があるが、可能はむしろ可能性の有無を問題にするのであって、直接繋がるか疑わしい
- 可能の成立条件として、動作主性と話し手の期待の2点が挙げられるが、キルの場合は動作主性が弱くても成り立つ(雨が降りきらん)
- 例えば、薩摩の「言い切らん」は「とても言い出せない」という、いわば可能の前段階(敢行表現)である
- このような話し手の心情を内包するキルは、キルの「十分な状態へ至る」という性質から導かれるのではないか
- とすると、aよりbを想定すべき
- 渋谷の示す可能のスケールを用いて九州方言のキルを見る
- 動作主体内部条件←心情・性格―能力―内的―外的―外的強制→動作主体外部条件
- 心情可能の場合にキルが多くなることは当然だが、内的(お腹がいっぱいで食べきらん)・外的条件(陽が当たらないので花が成長しきらん)も使用率が高い
- これは、話し手の心情が関与すれば他の条件でもキルが使用されることを示す
- 心情可能と解する可能性もあるが、これは可能を生じせしめる要件として認めればよいものと考えられる
- なお、ヨーの場合、potential の用法しかない(actual *書けるかどうか書いてみたらヨー書イタ)というが、actual はある種の語用論的要素で、狭義の可能は potential を指すべきではないか
- これは、話し手の心情が関与すれば他の条件でもキルが使用されることを示す
- エ・キルを完遂系、(ラ)レル・デキル・可能動詞を自発系としたとき、
- 九州方言では能力可能が前者、状況可能が後者にほぼ対応し、
- 中央語の歴史は完遂系から自発系へという大まかな流れへとして把握できる
雑記
- ダンカンってすぐちょっとした犯人の役になるね