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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

吉田永弘(2012.3)平家物語と日本語史

吉田永弘(2012.3)「平家物語と日本語史」『愛知県立大学説林』60

要点

  • 原拠本と天草版との対照による研究方法のあり方について

前提

  • 一般的な諸本系統図のモデル(図1)は、書写過程以外における「作られた本文」を持つ異本の発生のある平家においては適用できず、図2のような古態論を想定することになる
    • 作られた本文を「異本」、移された本文を「伝本」とする

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  • 平家を用いる際、以下の3通りの扱い方があるが、ただちにⅠ・Ⅱとして扱うことはできない
    • Ⅰ原態成立時の資料
    • Ⅱ異本成立時の言語事象を含む資料
    • Ⅲ伝本成立時の言語事象を含む資料として用いるか、
    • 古態を示すとされる屋代本・延慶本はⅢの検討が欠かせない
  • 異本間の言語を比較して相対的な新旧を測ることにより、「どの時代の言語現象の反映か」を判断することができる

屋代本・延慶本・覚一本の事例

  • 屋代本に「氏種姓」の例があるが、延慶本には例がなく、中世後期には例があることから、屋代本の例をもって13Cの例とするのは問題である
  • 延慶本に一例のみ「たとへ」(他はたとひ)の例があるが、覚一本・屋代本には見られず、かなり早い例ということになる
    • が、この例は「設」に「エ」のルビが振られた例で、応永書写時以降に加えられたものであるので、Ⅲの段階の問題として処理することができる
    • 他、長門本・百二十句(平仮名本)にも「たとへ」の例があり、これは異本レベルの問題である
  • 日国が延慶本を初出とする次のような語は、安易に鎌倉時代語とは認められない
    • 「濡れ鼠」の例は、覚一本・屋代本にはなく、長門本・盛衰記にはある
    • 形容詞「のろし」は、覚一本になく(屋代本は欠)、長門本・盛衰記にもない
  • 中古にない「御+形容詞」が、覚一本に「御恋しく」として現れるが、屋代本には「恋しくや」とあり、逆に、屋代本に「御馮敷」とある箇所が、覚一本では「たのもしう」とある。御+形容詞は異本成立時以降の問題と考えたほうがよい
    • 延慶本には御+形容詞がないが、古文書の御+形容詞の例をもって、覚一本の例も鎌倉時代の例とされることがある。しかし、御+形容詞が使われていたことと、それが覚一本に引き継がれたかは別の問題である

斯道本・天草版の事例

  • 原拠本に近いとされる斯道本に関しても、伝本成立時(室町後期)の言語が反映されている可能性がある
  • 中世前期→中世後期という流れで原拠本と天草版を扱う際、問題となる事例がある
    • 斯道本では「する」の尊敬語として「召さる」が用いられており、これに天草版の「させらるる」が対応するが、中世前期には「する」意の「召さる」はない
    • 斯道本に「通ンヤウヤ有ヘキ」のような打消のン(<ヌ)の例があるが、延慶本・覚一本にはない
  • 中世後期に書かれた物語の文体の基調は天草版よりも斯道本に近く、斯道本と天草版の対応箇所は実際の歴史的変化ではなく同時代の文体差を示した箇所である場合がある
    • したがって、斯道本と天草版の対照は、歴史的変化を示す積極的な変化としては用いにくい

雑記

  • 天草平家、エソポ、金句集の画像が公開されたらしく、大興奮(3/1)

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