ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

北原保雄・吉見孝夫(1987)言語資料としての『狂言記拾遺』

北原保雄・吉見孝夫(1987)「言語資料としての『狂言記拾遺』」『狂言記拾遺の研究』勉誠社

要点

  • 狂言記拾遺(1730刊)の言語的特徴と狂言記内での位置付けについて

注意点と流派的な位置付け

  • まず、狂言記が読み物として刊行されたことに留意すべき
    • 「これへよってはよふうて長刀も下におこふ」は、台本であればト書きでよいが、狂言記は他の台本と比べてト書きが非常に少なく、セリフにすることが多い
  • 編纂過程が明らかになっていないことも念頭におくべき
  • 依拠した台本がどの流派であったかについては、以下のようにまとめられる
    • 虎明本にある曲は虎明本に最も近い
    • 一方、六義抜書、保教本からの近い箇所があるものもあるが、その多くは、虎明本の側に誤記があることによる
    • すなわち、虎明本の方に改変があり、拾遺が虎明本よりも遡る本文を残すことを意味する

音韻

  • 四つ仮名・開合は続と同様、同音になっているものに対する書き分け意識が認められる
  • 連声は正篇(明示的)と続(一例のみ)の中間に位置する
  • 合拗音は保たれている
  • 清濁は正・続と異なり、濁音箇所に濁点がつかない例が多く、清濁の判定に寄与するところは小さい

活用

  • 短呼形は正・続同様に見られ、性質は正より続に近い
    • 正は広範な動詞に現れるが、続は異なり語数が少ない。拾遺はその中間
    • 正は形容詞の例がわずか、拾遺は広く、続はその中間、など
  • 音便について、
    • サ行イ音便は少なく、「刺す」にのみ見られる(これは続と符号)
    • バマ行ウ音便は中世後期ほど強く保持されない
  • 下二段命令形の形態に「申し上げい」「申し上げ」の2種があるが、ル系の下さる・なさる・召さるはe形の比率が高い
    • これは正に少なく続に多いので、拾遺の続との近さが認められる
  • 二段活用の一段化率は高く、ラル・ルとル系の動詞の一段化率は低い(これは他狂言記も同様)
  • 活用に揺れのある動詞がある
    • 四段・下二段の併存 おこされた / おこすれば
    • サ変が下二段的使用 進ぜたいか
  • サ変「す」の一・二段的未然形 きこへぬ事をしらるゝ
    • ラルが下接する場合に「し」、それ以外の未然形に「せ」となるようである
  • マス・マスルについては続で見られたマス多用の傾向が一層強まる
  • 下二段の四段化も見られる

注意すべき語

  • 「うけたまる」の例があり、「うけたまはる」の「は」の脱字か、「うけたまはる」のバリアントかが問題になる
    • 日葡にVqetamǒru, コリャードに uqetamotta の例がある
  • 「たのふ人」の例は「たのふだ人」であろうが、5例もあるので単なる誤脱とは認め難い
    • 音韻的に「だ」が脱落するのは想定しにくいが、「頼ぶ人」の例も他資料にないので、「だ」の脱落とみなすのが穏当か

狂言記拾遺』の位置

  • 続は正篇と次のように比較できた
    • 狂言記」としての共通的性格
      • 一段化の進行、ナラ・タラの多様、サ行イ音便の衰退
    • 舞台言語としての統一の傾向
      • シャルの減少、シタラバ・シタラの減少、オリャルへの統一
    • 近世の語法の取り入れ 下二段の四段化
  • これを踏まえて『拾遺』を位置付ける
    • 狂言記」としての共通的性格
      • 短呼形の使用、サ変未然形の「し」の使用
    • 続よりも傾向の強いもの
      • オリャルへの統一
      • マスの多用
      • ラ行下二段命令形のレ(くだされ)の多用

雑記

  • 狂言記シリーズ折り返し