ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

竹内史郎(2018.3)動詞「ありく」の文法化:平安時代語のアスペクト表現における一考察

竹内史郎(2018.3)「動詞「ありく」の文法化平安時代語のアスペクト表現における一考察」『国語語彙史の研究』38

要点

琉球諸語の「歩く」

  • 伊江島方言において「歩く」相当形式がアスペクト標識化していることの報告があり、
  • 沖永良部において反復・習慣が有生性に限って見られ、
  • 今帰仁村においては反復・習慣が無生主語も容認され、
  • 久米島においてはこれに加えて進行を表すこともある

f:id:ronbun_yomu:20190703222211p:plain
p.44

  • 以上より、「歩く」の文法化の方向性は以下の2つ
    • 有生主語から無生主語へ
    • 反復から進行へ

平安時代のアリク

  • 中古和文資料においては以下の3種が認められる
    • 移動様態(本来の本動詞):むかし、男、武蔵の国までまどひ歩きけり。(伊勢)
    • 反復:かぎりなく悲しくのみ思ひありくほどに(大和)
    • 進行:顔のほどに飛びありく。(枕)
    • 判断がつかないものもあり、グラデーションを感じさせる
  • 平安時代の進行アスペクトはタリが主に担う(ただし弱進行態)が、ここではアリクが進行の一端を担うと考えたい
    • ここで、琉球諸語との類型論的観点から中古和文でもアリクが進行アスペクトを担うものと考えるが、
    • 伊江島方言の基本形がそもそも存在動詞を含み、中古和文の基本形と対応させられないという問題が生じる
    • ただしこれは、そもそも終止形が連用形+存在のuの複合であると考える説を採れば、並行性は保たれる
      • これは、古代語基本形が進行を表すことができることの説明にもなる
  • 以下、中古和文のアリクの文法化の度合いを考えると、アリクの文法化がさほど進んでいないことが分かる
    • アリクの上接語を見ると、動作(踊る)、働きかけ(殴る)、経路指向の移動(歩く)の動詞で占められる
      • 状態変化(壊れる)、対象変化(壊す)、起点指向の移動(出る)、着点指向の移動(入る)が含まれない
      • 反復・進行においてはそうでなければならない必然性はないが、移動様態と同様の様相を示すので、これはもとの本動詞歩くの意味合いが強く残ることを示す
    • 影山の「他動性調和の原則」も反復・進行の用法に認められ、これもやはりアリクの文法化がさほど進んでいないことを示す

まとめ

  • 平安時代語のアリクは、有生主語に限られるという点で久米島方言と同様のあり方を示し、
  • WALK > REPETITIVE > PROGRESSIVE という経路があることを提示する
  • また、第三の進行アスペクトとしてのアリクは、動作主による活動そのものを表す「動的な」アスペクトであるという特徴を持つと位置付けられるか

雑記