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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

村山実和子(2019.8)接尾辞「ハシ(ワシイ)」の変遷

村山実和子(2019.8)「接尾辞「ハシ(ワシイ)」の変遷」『日本語の研究』15(2)

要点

  • 形容詞化接尾辞ハシは、中古には動詞からの派生、中世・近世に形容詞からの派生を行うようになり、近世以降に衰退する
  • この変化は、同種の形容詞→形容詞化接尾辞の歴史と一致する

前提

  • 形容詞化接尾辞ハシは、ハ行四段動詞+シが肥大化したものと説かれ、
    • ウタガフ+シ → ウタガハシ / ニツク+ハシ → ニツカハシ
  • 中世に特に顕著なものとされるが、詳細は明らかでない
  • 中世以降にはシク活用が先行する「~ハシ」(e.g.イマメカシ / イマメカハシ)が出現するが、これは現代にほぼ引き継がれない
  • 以下問題提起3点
    • 中世以降、接尾辞「ハシ」による造語はどのように行われたか
    • 「Xシ」と「Xハシ」はどのように関係し,なぜ交替(または共存) しなかったか
    • 現代語において,接尾辞「ハシ」は生産力を持たないが,その衰退の時期,背景はどのように想定されるか

ハシの変遷

  • 中古は基本的に動詞→形容詞の派生で、「いかにも~と思われるような状態」を表す
    • 動詞+ハシは動詞被覆形+シに比して、形容詞化しにくい動詞を形容詞化することができた
      • 前者は動作・変化を表すク語尾(ニツク)・ル語尾(アナドル)に語基が偏り、ク・ル語尾の被覆形+シによる派生の例は、フ・ム語尾の半数以下である
  • 中世前期、イマメカハシ、ソソカハシなど、先行する他の形容詞(イマメカシ、ソソカシ)がある語の使用が見られ、
  • 中世後期、中古に派生した語の多くは用いられなくなる
  • 近世前期、中世前期と同様の造語で、形容詞からの派生と見る方が自然な例(イマイマハシ、ハヅカハシ)がある
  • 近世後期、同様の、ホコラハシ、イカガハシの例があるが、この時期には異なり語数が減少
  • 近代、継続される形式はニツカハシ、イソガハシ、イカガハシのみで、ハシも生産性を失ったと見られる

ハシの変容

  • ハシの造語法の変容を、素材から考える
    • 中古は動詞からの派生
    • 中世は新語の多くに語幹が共通するシク活用形容詞が存する
      • イソガシ・イソガハシなどの対を持つ語からの類推によるか
    • 近世はシク活用形容詞からの派生が中心
  • 同時期の形容詞の造語の傾向から見ると、
    • 中古は動詞からの派生が中心で、ハシもこれに沿う
    • 中世・近世も形容詞を「改新した」形容詞が乱立するとの指摘があり、ハシもこれに沿う
  • 衰退の要因2点
    • Xハシは表現主体の感情を表すXシと比べて、客観的描写を行う性質があるが、明確な意味分担を持つに至らず衰退したのではないか
    • 訓読文(イソガハシ)、雅文(ハヅカハシ)など、文体差が見られる場合もあるが、Xシが標準的なものとして定着したためにXハシの使用は減少するか
  • 全体的傾向として、
    • 中世の形容詞→形容詞派生の接尾辞はハシと同様ほぼ衰退
      • オモシイセワシナイ、オモタイ、カワイラシイ、ナガタラシイ、カタクロシイ、アツボッタイ
    • 独立した形態素を語基に取れる派生接尾辞(これは現代まで残る)が、拘束的な上記の接尾辞よりも汎用性が高かったために衰退したものか
      • ラシイ、ガマシイ、クサイ、ッポイ

雑記

  • 懐かしくて泣ける

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