池上秋彦(1995.8)「「五大力恋緘」の語法・緒論:上方本と江戸本を比較して」『国語と国文学』72(8)
前提
- 初世並木五瓶「五大力恋緘」の、大阪初演(1794)と江戸初演(1975)の台本の比較を通して、そこに現れる上方・江戸の語法差を記述したい
動詞
- サ行イ音便は上方・江戸の両本になく、これは当時の実態であろう
- ハ行ウ音便は上方だけでなく江戸にも見られる
- 二段活用の一段化の例は両本に見られる
- 命令形は、~イが両本に現れ、一方で、~ロの例は江戸本にあまりにも少ない
形容詞・形容動詞
- 連用形ク・シクが現れており、これは口語の実態に反する
- 終止形・連体形がイ・シイに統一されているのは実態に即している
- 対応する例に、面白けれど(上方)・面白いけれど(江戸)がある
- ヂャ・ダは両本で混用されているが、これは作者の弁別意識の不徹底によるもので、上方語・江戸語の江戸本・上方本への流入を示すか
- 形容動詞連体形のうち、武士が使用するものにナが多くナルが少ないのも、いわゆる「武士言葉」の実態に反するように思う
助動詞
- ウ・ヨウは両本に多く現れるが、上方本でウ、江戸本でヨウと対応する例がある
- ヂャ・ダは混用されるだけでなく、1例のみながら、ダ(上方)・ヂャ(江戸)という、むしろ逆でありたい対応箇所がある
- 江戸で使われるはずのナイも少なく、ここでも江戸の話し言葉の実状が反映されていない
助詞
- 原因理由のものはホドニが両本ともに最も多く、
- しかも上方においてもサカイより多い
- カラはなぜか1例だけだが上方本にも見える
- 起点の格助詞はカラが多く、ヨリは少ないが、1例のみヨリ(上方)・カラ(江戸)で対応する例がある
- 逆接の場合にケレドが多いが、武士はケレドを使わないというのが極めて特徴的
まとめ
- 語彙レベルでは使い分けがされている(今夜・今宵、なんぼう・なんぼ)が、文法レベルではその認識・配慮が十分でなく、
- 上方語と江戸語の実際の使用状況を忠実に反映させるには至っていないと言える
メモ
上方生れの台本という資料上の制約と、江戸語そのものが上方系の要素をまだかなり保っていた時期ということもあって、その現われ方は、たいへん複雑・微妙で興味深いものがある。(p.29)
- この点を考えると、忠実に反映されていないことを「憾み」としているが、対照資料としての価値というよりは「上方語・江戸語の江戸本・上方本への流入」という性質の方で価値が見出だせるかなと思う