ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

山本佐和子(2021.3)中世室町期の注釈書における「~トナリ」の用法

山本佐和子(2021.3)「中世室町期の注釈書における「~トナリ」の用法」『筑紫日本語論叢Ⅲ』風間書房.

要点

  • 杜詩抄に特徴的に用いられる、原典の登場人物の発話の解釈に用いられる「トナリ」について考える。
    • 蘇源明トノハ去モノトヲ知リサウタホドニ、酒銭ホドノ事ハ御扶持ソロヘト也。
  • 問題の所在3点、
    • 抄物には文にコピュラが接続できるので、そもそもトが必須の要素ではないこと。
    • トナリの用いられる資料ジャンル。仮名抄にはトナリがないが、近世の俳論や、「漢籍国字解が通俗的な平仮名付訓注釈書に利用される過程」(→山本2019)で、トナリが付加される。
      • 玉勝間に古記録の「云々」をトナリ・トイヘリに相当するとする記述があるなど、和書の注釈の影響を考える必要がある。
    • トナリの文法的性格。古代語の記述(辻本2017)や、「云々」と重なることなど、「といふ心なり」などの省略とは考えにくい点がある。
  • 和書(源氏・伊勢)の注釈書では、古典文学の受容層が大きく変化した応仁の乱以降に、トナリの多用が確認できる。
    • 杜詩抄を編纂した林宗二が作成した源氏の注釈書「林逸抄」*1にもトナリがあり、「和書の注釈書も手掛けた抄者が仮名抄を作成する際にも一部用いたものと考えられる」。
  • このトナリは、単純な語釈とはレベルが異なる、先生が弟子に対して用いた、「注釈の要である語釈・解釈について、それが何らかの引用であるという情報を付加して提示する形式である」と考えられる。
  • 三流抄(仮名序注釈書、1278-88頃成か)では、トナリが「[原典]トハ、[訳文]トナリ」の文型で使用されており、この他、他の注釈書の説には「ト云々」、同一作品内での他の箇所の例には「トアリ」が用いられ、注釈内容に応じて文末表現が使い分けられている。

雑記

  • 注8「和文の古注についての調査は全て通読一回の目視に拠るため、用例数は概数である。」、かっこいい

*1:おうふう潰れちゃったから買えないの困るよね