ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

中野遙(2019.9)キリシタン版『日葡辞書』の「id est」について

中野遙(2019.9)「キリシタン版『日葡辞書』の「id est」について」『訓点語と訓点資料』143.

要点

  • 日葡辞書の語釈に付される id est (すなわち、以下{IE})注記は、以下の構造を持ち、
    • 注記対象の語(D)、注記する側の語(E)
    • Xeidan.(誓断) i. Chicai. (誓)
  • {VEL}とは以下のように区別される(中野2017b)。また、{VEL}が用いられるとき、DとEはどちらも見出し語に立項されており、原則として代替可能な対等な語であると言える(中野2019)。
  • 一方、D{IE}Eにおける Eは、見出し語としては立項されるものの、E{IE}Dとなる例はほとんどない。すなわち、語義としては同一であっても、語のレベルとしては完全に対等ではない。
    • D{VEL}E に対するE{VEL}Dは見かけ上は少ないが、多くは見出し語の配列上近くに位置し、わざわざEを別掲する理由がなかったことによる。
  • D{IE}Eには Bup(Buppô), S.(Scriptura), P.(Poesia)の特殊語注記との併用の例があり、この場合は、特殊語は必ずDの側であり、Eが見出し語に立っても特殊語注記がされることはない。
    • Isamaxigusa. i, Matçu. Pinheiro. P.(松の木。詩歌語)/ Matçu. Pinheiro(松の木。注記なし)
    • この特殊語注記の中でも、特にP. に対しては{IE}の付与率が高い。これは、語の透明性が低いことによる。
  • IE}は上表に示したように、異語種間での換言があり、漢語を句や和語に(具体的に)パラフレーズする例が多い。
  • 以上の諸点を踏まえると、「D{IE}Eは非対称であり、結果として「D:E」が「難:易」の関係にあり、一方{VEL}は非対称であって、その様な関係を構成しない」と言える。
    • なお、他の語釈が行われる場合にも、置換語釈などをDとして、{IE}はそれを更にパラフレーズする。
  • 一方で、日葡辞書に先行する羅葡日対訳辞書では{IE}がそのような機能を持たない(そもそも少ない)。この日葡辞書の{IE}の機能は、日葡辞書独自の編纂方針の一つであると考えられる。

雑記

  • 表に備考欄を作るとき、李香蘭のこと考える