ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

小笠原一(1992.3)「七夕」考 用字を中心に 織女から七夕へ

小笠原一(1992.3)「「七夕」考 用字を中心に 織女から七夕へ」『学芸国語国文学』24

要点

  • なぜ「たなばた」を「七夕」と表記するか、について、その表記の実態を歴史的に見るもの

  • 賀茂真淵古今和歌集打聴』にある記述

    • たなばたと云に七夕の二字を書はあやまり也、七日のこよひは彦星とたなばたつめとあふを七夕の字を女星の方のみに云はことゆかず、万葉に七夕と書はなぬかの夜と云所にのみ書たり、今も是にならふべし、又たなばたつめと云には織女の二字を書也、是をおりひめとよむはわろし

    • 要するに、

      • たなばたに「七夕」の字をあてるな
      • 女星の方にだけ「七夕」を使うな
      • 万葉集の「七夕」は「七日の夜」にしか使われていない
      • 「織女」は「たなばたつめ」(機織りの女)のことで、「おりひめ」ではない
      • これは、賀茂真淵の生きた江戸中期の「七夕」表記の実態を示す
    • 実際がどうだったか、を見ていきつつ、「七夕」の表記定着の過程を見ていく

万葉集において

  • 万葉集の「七夕」

    • 七夕(なぬかのよ) のみ(2036)、今し七夕(ななよ)を(2061)のように、「七月七日の夜」の意
    • 題詞も同様
    • 漢詩集においても同様(懐風藻菅家文草など)
  • 万葉集の「たなばたつめ」

    • たなばた:織女、棚機、棚幡、多奈波多
    • たなばたつめ:織女

三代集とそれ以降において

  • 中古における用字(定家自筆本またはそれに準ずる本)は、

    • 古今集:織女(たなばた)、たなばた、たなばたつめ
    • 後撰集:織女(たなばた)、たなばた、たなばたつめ
    • 拾遺集:織女(たなばた)、たなばた、たなばたつめ、たなばたまつり
    • 一方で「七夕」を見ると、後撰集拾遺集ともに詞書にのみ用いられる。古今集には「七夕」はなく、「なぬかの夜」「なぬかの日の夜」「なぬかの夜のあかつき」など、何かしらの変化がある様子
  • 自筆本を離れて用字を見ると、

    • 建久本古今集では「なぬかの夜」を「七夕の夜」とし、当本(鎌倉後期書写)は「七夕」表記が多い
    • 後撰集の句中においては次表、詞書については「七夕」を「ひこぼしたなばた」とする(すなわち二星)ものがあり、鎌倉初期にかけて「七夕」に語義変化が起こることを示す

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  • 「たなばた」の語義がどうなっているかを見ると、
    • 後撰集正義(注釈書)に、「七夕」(235)を「二星」ととる解釈があるなど、古今集以後の歌集には、「たなばた」を織姫・彦星の二星の意味で取ることができるものが多い
    • 新古今集では、七夕歌に「星合ひ」という語が現れる、この場合の七夕(詞書に現れる)は二星もしくは七日として取れる

古辞書において

  • 古辞書では、
    • 倭名類聚抄(元和本)・類聚名義抄(観智院本)に「織女」(タナバタツメ)
    • 三巻本色葉字類抄(黒川本)に「七夕」(シチセキ)で七月七日の意
    • 十巻本伊呂波字類抄に「織女」「河皷」「七夕」(タナハタツメ)、「牽牛」(イヌカヒホシ、ケンキウ、ヒコホシ)*1
    • 「ひこぼしたなばたをよめる」としたものと併せると、平安末~鎌倉初期には「七夕」は「たなばた」「たなばたつめ」で、「織女」は「ひこぼし」であったと考えられる
    • 下って、文明本節用集では「七夕」(シチセキ)、「織女」(タナバタ、牽牛・織女の注)

まとめ

  • 以上のまとめ、鎌倉時代においては、

    • 「七夕」の語形が「たなばた」であった可能性が高く、「七月七日」が本来の語義であったが、彦星・織女の二星を指すこともあった
    • 「織女」は「たなばた」であったが、「彦星」の意でも用いられた
    • 多義化した「たなばた」の表記のために「七夕」が用いられた
    • 「織女」が「たなばた」を表さなくなったのは、「女」の字面との意味の不一致が要因か
  • 七夕の用字をめぐるものについては他に、

    • 久保木哲夫(2014.7)「「七夕」と「織女」:「たなばた」表記考」『国語と国文学』91-7

*1:ここは前田本を見るべきか