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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

江口正(2018.4)大分方言における動詞終止形の撥音化とその意味するところ

江口正(2018.4)「大分方言における動詞終止形の撥音化とその意味するところ」『日本語の研究』14-2

  • 小特集「越境する日本語研究」として

要点

  • 九州方言の動詞(論文では大分方言)に見られる二段活用という古い形、一段活用の五段化という新しい変化の共存を、動詞終止形の撥音化を手がかりとして、同音衝突の回避によって統一的に説明する
    • 二段活用:食ブル・食ベン、起クル・起キン
    • 五段化:見ル・見ラン、寝ル・寝ラン
    • 撥音化終止形:食べヨン、食べチョン

五段化に関する諸説

  • 小林(1995)*1
    • 否定形の五段化について、「ン」の音としての独立性の弱さを補うために、ラを挿入することで安定
    • 琉球の五段化についても、終止形・否定形が似た形であるために衝突を避けたと考える
  • 彦坂(2001)*2
    • 九州西南部について、否定形ミン・オキンと終止形ミッ・オキッとの接近性と、その衝突の回避

二段活用の残存に関する諸説

  • 彦坂(2001)
    • 上とは逆に、ヌッ・オクッとネン・オキンが混乱しないために五段化の必要がなかった
  • 早田(1981)*3
    • 撥音化終止形を積極的に認める(2節)ので弁別に支障がないものと捉える
      • 上げる agu=n / 上げない age=n

以上の説明の統合として、

本稿は彦坂(2001)が終止形の不安定さによる説明法を二段活用保持にも五段化にも応用したように早田(1981)の撥音化終止形による説明を五段化に拡大しようとするものである。(p.39)

同音衝突回避による説明

  • 共通語の一段活用の終止形が撥音化した場合、否定形と同じ形になる(同音衝突する)
    • 食ベン、ネン、オキン、ミン
  • 一段化した動詞の撥音化終止形と否定形の衝突の対処法として、
    • a 撥音化を避ける→なぜか行えなかった(次節)
    • b 終止形で区別→二段化の保持の動機づけ
    • c 否定形で区別→否定形の五段化の動機づけ

撥音化終止形について

  • そもそも撥音化終止形とは何なのか。ル終止と撥音化終止が併用されるので、位置付けが問題となる
    • 音韻環境として、ナ行音(準体助詞、「のに」相当の「ニ」、疑問のナ、禁止のナ、条件のナラ)が直後に来やすい
    • 語レベルでは、助動詞、特にヨル・チョルが多い→一定の助動詞において終止形そのものとして捉えられている
    • そもそも撥音化を避ければよいのでは(上記対処法a)とも考えられるが、規則的・文法的に安定するので撥音化そのものの回避は難しい
    • 6節は他方言の事例における「同音衝突回避」の有効性について

*1:小林隆(1995)「動詞活用におけるラ行五段化頼向の地理的分布」『束北大学文学部研究年報』45

*2:彦坂佳宜(2001)「九州における活用型統合の模様とその経緯:「方言文法全国地図」九州地域の解 釈」『日本語科学』9

*3:早田輝洋(1981)「大分県臼杵市方言のアクセント:用言の活用を中心にして」『長谷川松治教授古稀記念論文集』