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続きを読む「ぬるま湯」の「ま」考
はじめに
「言語学フェス2023」に参加しました。運営のみなさま、ありがとうございました。
主催のまつーらさんの「ぬるま湯でありたい」*1、「この、ぬるまの「ま」って何?」という発言を承けて、少し考えてみました。 「ぬる」が形容詞「ぬるい」の語幹であることを前提とした上で、この「ま」がどこから来たものなのか、考えられる3つの可能性を示します。
可能性① 接尾辞「ま」由来説
「くつま」「ふつま」「まほらま」「かえらま」「こりずま」「あわずま」などに見られる「ま」のように、「その状態である」という意味の名詞を作る接尾辞「ま」があり、これが「ぬるし」の語幹「ぬる」について「ぬるい状態」を表すようになったと考える。
おそらく、日本語史研究者の多くが真っ先に浮かぶのがこれ。しかし、形容詞「ぬるし」は上代から見られるものの、「ぬるま」の成立は遅く、近世に入ってからのよう。
ぬるま 【温・微温】 〔名〕
(1) ぬるいこと。びおん。
*真景累ケ淵〔1869頃〕〈三遊亭円朝〉二五「先刻(さっき)一燻(くべ)したばかりだから、微温(ヌルマ)になって居るが、この番茶を替りに」
(2) 「ぬるまゆ(微温湯)」の略。
*雑俳・川柳評万句合‐明和六〔1769〕松三「喰たならぬるまがあるとひゃう母いい」
(3) のろま。愚鈍。鈍物。
*浄瑠璃・大塔宮曦鎧〔1723〕三「気の長ゐぬるまの頭(かみ)」
*浄瑠璃・平仮名盛衰記〔1739〕二「佐々木は聞ゆる剛(がう)の者。兄貴はしれたぬるま殿」
*随筆・操曲入門口伝之巻〔1790〕「人の鈍き者をいやしめて野呂松野呂松と異名を付、痴漢に競べていやしめり。野呂松を後にはぬるまといひ誤り」
(4) 泥をいう。
*談義本・虚実馬鹿語〔1771〕五・泥坊殿「泥の事をぬるまといひ」
一方、接尾辞「ま」が生産的であったのは上代が中心で、下限まで探しても今昔物語集(12C初成立)に「ひとりまに」がある程度。
- 此レニ依テ然様ナラム所ニハ、独リマニハ立入マジキ事也、トナム語リ伝ヘタルトヤ。*2
(これこれこういうわけで、そういうようなところには、ひとりきりで立ち入ってはならないものだ)(今昔・巻27・第15)
近世にはすっかり生産性を失ってしまっているとすると、突然これが見出されて「ぬるま」が生まれたとは考えにくいので、この接尾辞「ま」説は採り難い。*3
可能性② 自動詞「ぬるむ」「ぬるまる」由来説
次に、「ぬるま」という配列を含む語がないか?という観点から、「ぬるい状態になる」意の自動詞「ぬるむ」「ぬるまる」との関係性を考える。
自動詞「ぬるむ」は平安時代から例があるが、これで「ぬるい状態の湯」の意の語を作ろうとすると、通常、連用修飾して「ぬるみ湯」になるはずである*4。
- あわれ ぬるみが御ざりましよば一くちぎよいにかけられて下さりましよば かたじけなう御ざりましよ
(「ぬるみ」があったら一口いただけたら忝ない、の意)(好色伝授[1693]35ウ2)- 「これ玉笹、温湯(ぬるみ)があらば持つておぢや」(安政5・佐野経世誉免状・前田勇『江戸語の辞典』「ぬるみ」項)
次に自動詞「ぬるまる」について。まず、自動詞「ぬるむ」(ぬるい状態になる)に対して派生した他動詞「ぬるめる」(ぬるい状態にする)があり(開く:開ける、立つ:立てる、育つ:育てる…)、この他動詞「ぬるめる」が再度自動詞化したのが、「ぬるまる」だろう*5。
ただ、自動詞「ぬるまる」を用いて「ぬるい状態の湯」の意の語を作ろうとすると、やっぱり「ぬるまり湯」という形になってしまって「ぬるま湯」にはなれない。逆に「~まる」型の動詞が(語幹のまま)「~ま」の形で名詞を修飾することもできない。例えば「あたたま布団」とか「ゆるまズボン」とか、結構かわいいけど言えない。
ここで再度『日国』に頼ると、「ぬるめる」は17Cに例があるが、「ぬるまる」は20Cまで待たないと現れず、18Cから例のある「ぬるま」の素材にはそもそもなり得ないことが分かる。
ちなみに、国会図書館デジタルコレクションの全文検索ではもう70年(!)、初例を遡ることができる。が、やはり(他の資料を見ても)近世までは遡れない。
- 茲に至ツていよいよ油が乗つたと見えて、ぬるまつた茶を慌しくかぶりとあふりつけて、「…」
(山田飛影「毒筆新聞」『伽羅文庫』中央文壇社、1(2)1899)
ということで、「ぬるまった(湯)」→「ぬるま(湯)」説は、形態的に無理があり、さらに「ぬるまる」由来であると想定する場合は、素材の「ぬるまる」自体が「ぬるま」の成立時期には見られないので、採れない。
可能性③ 「のろま」類推説
上の『日国』の「ぬるま」項では、現代語と同じ「微温」の意の「ぬるま」が語義の(1)に立てられているが、こちらは初例が19Cと遅い。一方、「のろま」と同義とされる「愚鈍」の意の(3)は、18世紀前半と相対的に早いようである。
このことに注目して、まず、「のろま」の方が先にあって、既存の形容詞「のろい」「ぬるい」の力を借りる形で「ぬるま」(語義3、この段階では「愚鈍」と同義)*6が生まれ、その後、「ぬるい」の意味を継ぐ形で語義1,2(微温)を獲得した、と考えられないだろうか?
- のろ(い):のろま → ぬる(い):[ ]
では、この「のろま」が何なのかというと、寛文~延宝(1661-81)ごろの人形遣い、和泉太夫座の野呂松勘兵衛が使い始めた、滑稽・愚鈍なキャラクターを演じる「のろま人形」に由来するようである。少し遅いが、以下の浮世床の例が分かりやすい。
「のろま人形」から「のろま」て……んなわけあるかい!と思うかもしれないが、固有の人物や役職などの名前が、それに典型的な動作・様態一般へと抽象化する事例は結構ある。シャルドネ、テキーラ、ホチキスのようにそのままモノ一般を指すケースが多いが、ボイコット、リンチ、ジョンブル、熊公八公、イナバウアー、太鼓持ち、鞄持ち、金魚の糞(これは役職ではないか)など、動作・様態に近いものもある。
このようにして「のろま人形」→「のろま」→「ぬるま」という流れを考えると、「ぬる」「のろ」に限って「ぬるま」「のろま」がある理由が説明しやすいと思う。
この説を採るときの問題は、
- 「ぬるま湯」が18C初に既に見られること(下例a)
- 「愚鈍」の意の「ぬるま」の文献上の初出はそれより少し遅いこと(b)
- 「人形」の脱落した「のろま」は早いが(c)、愚鈍を表す確例の初出はそれより少し遅いこと(d)*7
要するに、文献上では「ぬるま湯」の出現が早いのが困ったところ。ただし、野呂松勘兵衛の活躍期は17C末なのだから、「文献には見出されないが、使われてはいた」(もしくは、もっと探せば出てくる)という可能性を考えれば、この数十年の差は無視してもよいかもしれない。
①②と比べれば大きな時代的な断絶がないこと、形態的に無理のない説明になること、「ぬる」だけに「ま」がつく理由を説明できることなどの利点があるので、私はこの説を推したい。
ちなみに、「とんま」は「のろま」が「鈍い(のろい)」から類推して「鈍間」の表記を獲得した後に、これを音読みしたものだろう。
- 五兵衛さんの足袋五先生サ。あんな鈍間[とんま]はねへ(七偏人・4編下)*8
まとめ
いかがでしたか?
*1:研究も余技が一番楽しいのでとても共感できました。来年は何か出そ…。
*2:新全集注は「この「マ」を「コリズマ」の「マ」と同じものとする説もあるが、他に類例を見ない。」(今昔[4] p.58)とする。
*3:万が一これが起こったとして、多分「ぬるまに」になるのではないか。
*4:四段動詞の未然形を被覆形と連続的に考えるならば、「-a + 名詞」自体はあり得るが、これもやっぱり大昔の話なので、時代が合わない。
*6:類推パワーが強いのか、単に母音交替形として(母音交替した結果、「ぬる(い)」と同形態になったものと)見てよいのか、知識不足でわからない。後期上方語だと、同化によらない u > o は こそぐる(くすぐる)、おのし(おぬし)、おとましい(うとましい)、いのころ(いのころ)があるのに対し、 o > u は あすび(あそび)くらいしか報告がなく(村上2011)、ぬるパワーの影響を考えたくなる。
*7:手元でもいろいろ探してみたが、残念ながら日国を遡る例はなかった。
大江元貴・居關友里子・鈴木彩香(2020.9)日本語の左方転位構文はいつ,どのように使われるか?
大江元貴・居關友里子・鈴木彩香(2020.9)「日本語の左方転位構文はいつ,どのように使われるか?」『社会言語科学』23(1).
要点
- 多重文法モデル(具体的な言語使用環境ごとに異なる文法の存在を想定するモデル)に基づいて、左方転位構文の文法的位置付けを行う。
- 情報構造的に「新たな主題の導入」を担うと見るのは本質的ではなく、
- 話し言葉・書き言葉の対立にも位置付けにくいという問題がある。
- 左方転位構文には以下の2タイプがあり、
- 談話の大局的組み立てに動機づけられた〈予告・総括〉型:二十一世紀に残したいもの それは自然と平和です
- 進行中の発話・文の局所的対応に動機づけられた〈項目提示・注釈挿入〉型:えーっと最後にえー今後の課題 これ は音声 認識に限らずえー今日御紹介しました…
- CSJ独話, BCCWJ, 職場談話での現れ方を見ると、講演(独話)や報告・説明の談話に現れやすいことが分かる。
- 「左方転位構文の重要な特徴が,ある程度の長さを話し手が一続きに産出する」ことにあるので、次々に順番が交替するような談話にはそぐわない。
- 左方転位構文は単純な話し言葉・書き言葉の対立では捉えられず、「他者に聞かれる(読まれる)ことを前提とした談話に現れる」ジャンルに現れる。このジャンルを「独演調談話」と呼ぶ。
- Iwasaki 2015 が提案する多重文法モデルでは、話し言葉文法と書き言葉文法の中間の文法が想定されるが、「独演調談話」として「芝居」「講演」「CM」を一段階抽象化することができることに鑑みると、多重文法モデルは図2のように多層化できるのではないか。
雑記
- 年末年始に研究進まんタイプ
高橋淑郎(2005.3)大学講義を対象とした類型的文体分析の試み
高橋淑郎(2005.3)「大学講義を対象とした類型的文体分析の試み」中村明ほか編『表現と文体』明治書院.
要点
- 話し言葉・書き言葉という枠組みを超えて、討論との比較に基づいて、講義の言語的特徴を明らかにしたい。
- 講義と討論のコミュニケーション成立上の違いは「独話か対話か」「情報の伝達か意見の主張か」にまとめることができ、この相違点を言語的に捉える観点として、以下の3つに注目する。
- ①疑問表現:話し手は疑問を持っておらず自分で答える疑問表現(自問自答形式の疑問表現)が、講義には多い。
- 「今週からはどんな勉強をするのか,っていうと,2つの変数を同時 に取り上げて分析する方法について勉強していきます。」
- これは、「本来ならやりとりのある言語表現で使われるはずの疑問表現による問答を,独話の世界で擬似的に再現することで聞き手を引き込もうとしている」ものである。
- ②接続詞:講義では、説明が多く、事実・出来事を対象の側の時間的・論理的展開にそって述べる姿勢が強いのに対し(そうすると、そして、つまり)、討論では、前の文と後ろの文を話し手の積極的な判断で結びつけたり、前の文に対して反論したりする姿勢が強い(だから、つまり、それから)。
- ③メタ言語表現:特に「先行発言焦点化」に着目すると、講義では自分の選考発言に言及するものだけしか見られないのに対し、討論では、他者の発言に言及するものもある。*1
- 「結論としてはTさんが言われたように、~」(討論)
- 「で、しかし、今ちょっと見たように、~」(講義)
- メモ:「表1で示した成立上の条件に対応すると考えられる分析観点はほかにも終助詞,挿入語句,倒置文,指示表現等が挙げられるが,具体的な分析は今後の課題である。」(p.44)
雑記
- 講義の文体やってると、講義のときもじもじしちゃいそう
*1:現象としては面白いし、でもそうまとめられると、それはそうだろうと思うところもある
川瀬卓(2021.6)副詞「ひょっとすると」類の成立 : 副詞の呼応における仮定と可能性想定の分化
川瀬卓(2021.6)「副詞「ひょっとすると」類の成立 : 副詞の呼応における仮定と可能性想定の分化」『語文研究』130/131.
要点
- ヒョットスルト類(スルト/シタラ/シテ)が擬態語に由来することと、類義語であるモシカスルトが同じ構成要素を持つことに注目して、当該副詞の成立と、副詞の呼応の問題について考える。
- まず、ヒョット類の史的展開について。ヒョットは1700初頭から仮定や可能性想定を表すようになり*1、近世末になると可能性想定を表すヒョットスルト類が現れ、近代以降にはヒョットが衰退する。
- この仮定・可能性想定の意味分化について、
- この、副詞の呼応における仮定と可能性想定の分化は、田中(1965)の「分析的傾向」とも符号する。
- 深津(2016)の、「ちょっとの」と「ちょっとした」の棲み分けも想起される。
雑記
- なんで仮定条件が明示されるんかなというのが気になるよね
*1:方言にはあるやつ
山西正子(1979.2)連体形「タル」のあらわれかた:「中華若木詩抄」のばあいを出発点に
山西正子(1979.2)「連体形「タル」のあらわれかた:「中華若木詩抄」のばあいを出発点に」『中田祝夫博士功績記念国語学論集』勉誠社.
要点
- タリ・タについて、中世後期においては、終止形・連体形ではタが優勢であるが、連体修飾の場合にはタルの存在も無視できない。
- このことは大文典にも記述があるが、キリシタン資料にはそれほど例がない。
- 中華若木詩抄について見ると、タル・タはそれぞれがナリ・ゾと結びつくわけではなく、文語・口語で処理できるものではない。文末(ゾ・ナリの場合も含む)か文末以外かで考えると、連体修飾の場合にタルが優勢であると言える。
- 史記抄の場合も同様、ゾ体の中であっても、連体修飾の場合にはタルが用いられることが多い。
- ヤウナル・ヤウナについても同様に、(文語・口語の異なりではなく)連体修飾かどうかが効く。
雑記
山本佐和子(2012.6)中世室町期における「ねまる」の意味
山本佐和子(2012.6)「中世室町期における「ねまる」の意味」『國學院雑誌』113(6).
要点
- 抄物に以下のような~テネマルがあることに注目して、ネマルの語史を記述する。
- 盆瓶ヲ洗テネマル婦女ノアルマテソ。(四河入海)
- 本動詞のネマルは名語記に初例があり、室町期には広く見られるようになる。〈座る~黙坐〉と、そこから派生した〈存在〉を表す。
- 補助動詞の~テネマルは、
- ~て+〈存在〉を表す場合と、
- 主体の〈状態〉を表す場合(立テネマル)とがあり、さらにそこから派生して、反復・習慣(洗テネマル、上例)や、結果状態、パーフェクト(死デネマル)、属性(瞞シテネマル)をも表すようになる。
- この補助動詞適用法は、16Cの東国の古文書や雑兵物語、近世前期の文学作品にも散見される。
- ネマルの補助動詞的用法の成立は、ネマルが、イルの存在動詞化・存在型アスペクト化と軌を一にするものと考えられる。
雑記
- ずっと見てる
中野伸彦(1996.12)Ⅲ型の確認要求の平叙文と終助詞「ね」:江戸語と現代語
中野伸彦(1996.12)「Ⅲ型の確認要求の平叙文と終助詞「ね」:江戸語と現代語」『山口大学教育学部研究論叢 第一部 人文科学・社会科学』46.
要点
- 「叙述内容を聞き手に対して獲得させようとするタイプ」(僕の勝手でしょ)のⅢ型の確認要求の平叙文について考える。(Ⅰ・Ⅱ型については前記事参照)
- このⅢ型は現代語においては、
- 「一応聞き手が獲得済みの事柄であるが、より確かに認識させるべくのことを獲得させようとする場合」*1には、ダロウなしでネが下接することがあり得る。
- 「明日は行くよ」(略)「明日ね」
- ダロウがある場合には、ネが下接することはない。
- 「跳躍って何だ?」「ほら、ぴょんぴょん跳ぶやつがあるだろう{よ/*ね}」
- 「一応聞き手が獲得済みの事柄であるが、より確かに認識させるべくのことを獲得させようとする場合」*1には、ダロウなしでネが下接することがあり得る。
- 一方で江戸語の場合、Ⅲ型でもダロウネの例がある。
- 走る姿を見れば…作者曰 モシ好風なこしらへでございませうネ(春告鳥)
雑記
*1:タイプ分けした方が分かりやすい?