ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

川口敦子(2018.6)コリャードのt入声表記とツ表記:スペイン系写本との比較から

川口敦子(2018.6)「コリャードのt入声表記とツ表記:スペイン系写本との比較から」『三重大学日本語学文学』29

要点

  • コリャード自筆本に見られる特異なt入声標記とmizu(蜜)の表記について

コリャードのt入声表記

  • コリャードはイエズス会式を踏襲している(-t)が、自筆西日辞書には以下の特異な例がある
    • Xòcubùtç(食物)
    • cùguàtç(九月)
    • それぞれ、 xocubut cuguat/cuguachi とありたい
  • この表記を単純な誤字と考える場合、ツtçuのuが誤って脱落したことになるが、「月」にguatçuの例はない
    • 日葡辞書:goguachi, xichiguachi
    • バレト写本:fachiguachi, goguachi
    • 他のイエズス会系写本はt入声保存形:conguatno(今月の), Cuguat, Fachiguat, guoguat
    • 羅西日辞書もt入声:Nanban no cũguàt
    • イエズス会スペイン系写本もt入声かchiで開音節化:xichinguachi
  • イエズス会スペイン系写本では、t入声表記に-tzを用いる
    • xichinguatz, Ysatzuuo(一札を)
  • 日本語語彙のツは一般的にはtzuで、イエズス会版本・ドミニコ会版本ののtçuやイエズス会写本のccu(ççu)・tcuとは異なる表記規範
    • xichinguachi futzuca, tzucamatzuri

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  • スペイン人にとって、写本のtzuはtçuと置き換え可能であった
    • 中世ポルトガル語ではtçuとtzuは入れ替え不可能だが、16-17世紀のカスティーリャ語では/z/が無声化し、z, ç に混同が生じていたため
    • -tz→-tにするべきところを、うっかり-tçにしてしまったものか

コリャードのツ表記

  • 「蜜」をmizuとする箇所があり、誤植とは考えづらい
    • 「3つ」はmìtçuとしているので、蜜のみをmizuとしている
    • イエズス会資料の規範とも合わない
  • アビラ・ヒロン『日本王国記』に、ツをzuとする例が見られる
    • Cuchinozu(口の津)
    • tçuは日本語のツに相当する表記がポルトガル語になかったために考案された表記だが、スペイン語も同様で、表記が不安定だった

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  • 蜜:mizu 表記は、表記が不安定な写本におけるツzu表記の影響か、ツtzu表記の書き誤りによるものか
  • イエズス会スペイン系写本は日本語研究の対象になりにくかったが、版本・写本、イエズス会系・非イエズス会系を参照することでそれぞれの影響関係が見えてくる