大西拓一郎(2017.5)「言語変化と方言分布:方言分布形成の理論と経年比較に基づく検証」大西拓一郎編『空間と時間の中の方言:ことばの変化は方言地図にどう現れるか』朝倉書店
要点
- 周圏論への疑義と新しいモデルの提示
- 以下の仮説を提示する
- 1 言語変化は共同体の領域を埋めるように分布を形成する。
- 2 形成された分布は静穏状態を保つ。
- 3 体系の根幹により近い言語変化ほど発生に時間を要するが、発生すると広い範囲に素早く広がる。
方言分布形成の理論
- 同じ言語変化が同時に別の(隣接する)地点で起こるわけではないので、そのズレ(非一律性)が方言を発生させる
- 言語変化が発生すると共同体内の意思疎通が阻害されるので、その阻害の克服のために、言語変化が共同体内に拡大する(その結果、共同体どうしの差異としての方言が出来上がる)
- 言語内的変化、外的変化はあくまでも要因であって、言語変化が共同体内で起こった後は、その差が共同体ごとの差異に直接影響を及ぼすとは関係にくく、
- むしろ、言語変化の対象がシステムの根幹に近いかどうかが広がる速度、広さに関わると考えられる
- 以上より、以下の仮説を立てる
- 1 言語変化は共同体の領域を埋めるように分布を形成する。
- 中心地から外に向かうような、波状の連続性は想定しない
- 2 形成された分布は静穏状態を保つ。
- 方言分布は常に変動しているイメージがあるが、共同体領域内での拡大が済めば、むしろ静穏状態になると考える
- 3 体系の根幹により近い言語変化ほど発生に時間を要するが、発生すると広い範囲に素早く広がる。
- (すなわち、本仮説では、言語変化の素材供給源としての中心・中央は想定しない)
- 1 言語変化は共同体の領域を埋めるように分布を形成する。
理論の検証
- 仮説1に関して、
- 否定過去のンカッタ
- 複数の場所で(ナンダ系と交替する形で)多元的に発生
- 愛知における発生地は県の中央部であるが、地方の中心(名古屋)ではない
- 大阪・愛知の分布は都道府県という行政単位と結びついている
- 格助詞サ
- エやニとの併存が減少し、東北方言全体がサでカバーされるようになった
- 「ここサある」のような存在の用法はもと(GAJ)領域が限られていたが、現在(FPJD)は東北のほぼ全域に広がる
- 受動態動作主を表す用法(犬サ追いかけられた)はほとんどなかったが、現在は青森という県を単位とするレベルで広がっている
- 格助詞カラや「桑の実」の事例も、この仮説を支持する
- 否定過去のンカッタ
- 仮説2に関して、
- 新潟におけるンカッタは20C初頭には分布領域が形成され、それが今でも引き継がれている
- この例に限らず、方言分布の経年比較をしても大きな変化が見られないことが多い
- 仮説3に関して、
- 中部におけるズラからダラへの交替(断定のダの機能を含むのにダがないという非合理的性質の修正)は、ここ30年で愛知・静岡に広がったが、山梨・長野ではまだ起こっていない
- 名詞述語推量辞という言語体系の根幹に近いところでは変化の顕在化に時間がかかり、
- 一方で、一旦変化が進むと愛知・静岡の東西ですばやく広がることが、この仮説を支持する
雑記
- いつの間にやら300記事
- 論文に関係ないものも含むので、まだ300本これで読んだというわけではない