ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

田中牧郎(2015.4)近代新漢語の基本語化における既存語との関係:雑誌コーパスによる「拡大」「援助」の事例研究

田中牧郎(2015.4)「近代新漢語の基本語化における既存語との関係:雑誌コーパスによる「拡大」「援助」の事例研究」『日本語の研究』11(2)

要点

  • 雑誌コーパスの頻度の調査により、漢語の基本語化を捉える
    • 拡大・援助の基本語化は既存語との類似性を高める方向で進み、
    • 既存語との意味的・文体的な関係をも構築する

前提

  • 雑誌コーパスを用いることで「近代語における言語資料の多様さと膨大さは、研究遂行上、むしろマイナス要因として、近代語研究の前に立ちはだかっている」(湯浅茂雄)という問題に取り込むことができる
  • 全自立語の頻度を調査し、中心に近い語から周辺語までの5段階のレベルを付して、明治後期から大正期にかけて基本語化した語彙(76語)は、次の3類に分類される
    • 口語性の強い語(いらっしゃる、何しろ、駄目)
      • これは言文一致から説明可能
    • 新概念(栄養、国民、飛行)
      • 社会そのものの近代化から説明可能
    • 抽象概念(向上、実現、努力)
      • これは外的要因による説明が難しい
  • ここでは、「拡大」と「援助」の基本語化の過程と背景を詳しく検討したい

拡大

  • 他動詞的な「拡大」の意味の展開
    • 空間的な範囲の拡大の語義(領土拡大)から始まり、
    • 物理的・精神的な事物の拡大(利源を拡大)が見られるようになり、
    • 活動の拡大(貿易拡大)へと語義を加えていく
  • これは既存語の広がる・広げるの基本語化の過程と同様である
    • 開くの意(紙を広げる)を基本義として、
    • 開いたものが周囲に及ぶ、事物の意(事物が広がる)、
    • 開く動きが周辺に波及する、活動の意(貿易を広げる)、
    • 及ぶ範囲が広くなっていく、範囲の意(東京市街が広がる)
    • さらに、その広く及んだ全体の、景色の意(山脈が広がる)と展開していく
  • 活動の拡大、活動を広げるの意がどちらも当初の年次には例がない点で共通し、
  • 一方で、抽象的な語句(業務)や規模の大きい語句(戦争)が拡大につきやすいなどの差異もある
  • なお、類義漢語の拡張は拡大に比べて使用範囲が広く抽象的であり、広がる・広げるとのペアとしては拡大の方が適していたのであろう

援助

  • 援助の対象、援助される側の状態、援助する主体という要素が現れる
    • (対象)是等の諸島は、(状態)戰かひ一たび開く時は、(主体)本部との連絡絶ち、容易に援助し得可からざるものと詮らめざる可からず、
  • ヲ格名詞は、有情物・事業・状態の3種類があり、前2者の例が多い
  • 一方で主体は有情物に限られる
    • 名詞用法も同様の傾向を示す
  • 類似する既存語「助ける」は明治大正を通して基本語であるが、やはり「助ける」対象は有情物・事業・状態の3つの場合である
    • 前2者が多いこと、有情物が多いこと、状態・行為が少ないことが、援助と類似する
  • 助けるの場合、ガ格名詞はもともと広範であった(生糸輸出の好況ガ助ける)が、有情物に一本化されていくという点で、やはり助ける・援助が次第に類似性を高めていくさまが見える
  • 拡大と広がる・広げる同様、助ける・援助も関係性を持つようになる
    • ヲ格名詞の有情物は、援助において組織が多く、助けるにおいて個人が多い
    • ガ格も同様
    • 対象に関する行為を「助ける」は取れる(戦争当事国の戦争を助ける)が、援助は取れない
      • 援助は抽象的な文章語、助けるは具体的な口頭語であるということ

まとめ

  • 拡大・援助の基本語化は既存語との類似性を高める方向で進み、
  • 既存語との意味的・文体的な関係をも構築する

雑記

  • 日常がなんもなさすぎてここに書くことな~んもない