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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

坂井美日(2012.3)現代熊本市方言の準体助詞:「ツ」と「ト」の違いについて

坂井美日(2012.3)「現代熊本市方言の準体助詞:「ツ」と「ト」の違いについて」『阪大社会言語学研究ノート』10

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要点

  • 熊本市方言の準体助詞ツ・トの使い分けについて、
  • これが形態音韻面・意味面での相補分布ではなく、統語的な分布(名詞性の高い場合にツが用いられる)であることを論じ、
  • モノ・ヒト準体に「ツ」、コト準体に「ト」という意味的な分布もこの点から説明可能であることを示す

前提

  • 熊本市方言の準体にはツ・ト2種が用いられる
    • 一週間かけて作ったツば壊してしもうた。(モノ準体)
    • 昨日雷ん鳴ったトば知らんとか。(コト準体)
  • 先行研究はツ・トが相補分布するものと述べ、その要因に音韻的要因、意味的要因を挙げるものがあるが、それぞれ反例があり、詳細な分析が必要

形態音韻面

  • 直言用言が連体形の場合にツは用いられず、タ形、形容詞の場合はツ・ト両者が現れる
    • ツ:そけ書いてある{ト/*ツ}ば読んでくれんね。
      • 促音形でも「あっとば」となること、「うつぼ」など準体以外で/ucu/があることから、「/u/の後に/cu/」というルールは立てづらく、統語的な要因と見たほうがよい
    • タ:幽霊ん消えた{ト/*ツ}ば見た。 魚ん焼いた{??ト/ツ}ば喰うた。
    • 形容詞:遅か{ト/*ツ}が悪かったい。 大きか{??ト/ツ}ば取って。
      • /a/でも/i/でも後ろにトが現れうるので、これもやはり文法的要因として見た方がよい

意味面

  • モノ・ヒト準体とコトガラ準体で対立する場合がある
    • ロウソクん消えたツば見た。(消えたろうそく・モノ準体)
    • ロウソクん消えたトば見た。(消えた場面・コト準体)
  • が、これはツ自体がモノ・ヒト、ト自体がコトガラの意を持つことを意味しない
    • 属格ノには両方後接できる
      • それは私ノ{ツ/ト}。
    • し、「そもそも、機能語である準体助詞自体に意味を見出す考えは適当ではない」

統語面

  • ツ・ト共に、名詞的な振る舞いとは異なるので、助詞としてみなすべきだが、統語的にはツがトよりも名詞に近い性質を持つ(名詞性が高い)
  • 以下の記述から、ツ・トそのものがモノ・ヒト、コトガラといった特定の意味を持つとは考えにくい
    • まず、自立しないのでツ・トは共に助詞
      • (これは何?に対して)ツ。/ト。
    • 属格・準体の機能に関しては、体言化の機能のみを持つと記述できる
      • 連体修飾機能がない:太郎{ツ/ト}本
      • 「のもの」を示す用法も属格に後接することもない:太郎{ツ/ト}だ 僕{ツ/ト}がある 僕{ツ/ト/の}の半分
      • 「のもの」の場合、属格+準体助詞で表し、ツ・トの使い分けはない:花子{ノツ/ント}だ。 三段目{ントノ/ンツノ}一番端
  • 用言後接の場合、分裂文についてはモノ・ヒトとコトガラの対立とは異なる分布が見られる
    • タ形・形容詞(ツ・ト両方が現れる)で、形状性(ツのみが現れる)ときに、ツ・ト両方が現れる
      • 太郎が釣った{ツ/ト}は海老ばい。
    • また、属格句の場合も同様に両方が現れる
      • 踊っとった{ツ/ト}の半分は子供だったとばい。
    • この点、「ツ・トに意味の対立があるのになぜ両方が現れるのか」という観点よりで論じられてきたが、なぜ主文述語の準体ではツ・トが区別されるのか、また、なぜコト準体の場合にツが用いられないのか、という問いに読み替えたほうがよく、
    • これはツの名詞性(指示性)の高さに求められる
      • 消えた{こと/ツ}を見た/泣いた{こと/ツ}は悲しかったからだ
  • 名詞性の低い環境でツが用いられずトが用いられるという傾向は、コピュラ・疑問・接続助詞に顕著
    • (ノダの意で)これは太郎が作った{*ツ/ト}ばい。(→ツでは作った物の意)
    • これ誰が作った{*ツ/ト}?(→ツでは誰が作った物?の意
    • モノ・ヒト準体にツ、コト準体にトという意味的な分布は、この統語的性質の差に求められる

雑記

  • 遊んで寝て10連休が終わりました