ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

鳴海伸一(2013.11)副詞における程度的意味発生の過程の類型

鳴海伸一(2013.11)「副詞における程度的意味発生の過程の類型」『国立国語研究所論集』6

  • 前記事の「けっこう」より前に書かれた、程度副詞の発生の類型化の論文(のうちの一つ)

要点

  • 共時的観点から、工藤(1983)*1
    • スラッシュ以降は鳴海(2013)による追加
    • このうち、A以外は全て評価性と関連する

A 程度量性の形容詞から:無限に,限りなく,高度に,過度に,極度に / 大きく たくさん

B 目立ち性(主として形容詞から):ずば抜けて,際立って,並はずれて,飛びぬけて,目立って,かけ離れて,群を抜いて,とびきり,人一倍 / すばらしく

C とりたて性 比較性のもの:とくに,殊に,とりわけ,特別に,格段に,殊のほか,何よりも,何にもまして,この上なく,かつてなく,これまでになく,例年になく,たぐいなく,比類なく / 無下

D 異常さ 評価的:いやに,ばかに,やけに,やたらに,むやみに,異常に,法外に,べらぼうに,底抜けに,めっぽう,不自然に,極端に,度外れに,途方もなく,とてつもなく,例えようもなく,なんとも(いえず),世にも(なく) / 不自然に 世にも 非情に 大変に

E 感情形容詞から:恐ろしく,たまらなく,耐え難く,おそるべく / すさまじく いたく

F 真実味 実感性:ほんとに,まことに,実に,全く,心底,無性に,痛切に,身にしみて / 真実 確かに

G 予想や評判との異同:案外,意外に,存外,思いのほか,予想外に,さすがに / 思ったより 噂に違わず

H その他:返す返すも,それは,どこまでも

4種の類型

①量から程度へ

  • 分量の大きさを表す意味が連用修飾用法として使用される:相当に銭をやらにゃ掛けるものがない(韓人漢文手管始)
  • 抽象的な程度の高さも表す:相當調査研究を重ねて居る(太陽1909)
  • 事例として、相当(鳴海2009*2)、大分(市村2011*3)、随分(鳴海2012*4)、十分

②評価(真実性)から程度へ

  • 「真実」の場合、元々は様態修飾:真実に[=偽りなく]絶えいりにければ、まどひて願たてけり。(伊勢)
  • 主観的に確信を持って評価・断定する:木曾真実意趣なきよしをあらはさんがために(平家)
  • 「事態がそのように存在していること」に対する程度的意味が発生:思ふに彼等の中には真実、之を以て永く彼我両立の基礎と為すを得べしと信ずるものあらんも(太陽1901)
  • 事例として、真実(鳴海2013*5)、本当・事実・実際などについての指摘に藤原(2011*6

③評価(比較性)から程度へ

  • 他との比較によって特質を表す:無下(それより下がない、の意)
  • そのものが持つ性質について程度の高さを表す:無下ニマサナクコソ覚ユレ(沙石集)
  • 事例として無下(鳴海2008*7、格別(種類が他のものと違う、が原義*8

④程度から評価へ

  • 単に程度を表すものが:随分つらのかわあつうして,人中ををそれず(好色一代女)
  • 評価的意味を帯びる:先生も随分人が悪いな(漱石・それから)
    • 他の事例として田和(2012)*9
  • さらに、形容動詞的用法を発生させる:「○○なんて随分だ」、小野(1986)*10しあわせ・果報・天気、あいにく・さいわい・親切にも

気になること

  • 「評価性が関連する」のところ、確かにそうだが、Aも評価的と言えば評価的だし、むしろ評価的じゃないのってなんだという感じはする(「主観化」とかもそう、副詞に関する議論としては田和2014*11など)
    • 評価を「話し手の何らかの判断」とするならばむしろ、話し手の何らかの判断を挟まない表現が言語として表出されることの方がまれなので、④は程度副詞の傾向でなく、発話そのものの特性がそっちにも効いているのだと思う(その類型化が間違っていると言いたいわけではない)
    • その点、むしろ④みたいな変化の方が多くなるように思える(○○→評価)が、②③も別に評価的意味を喪失しているわけではない(と思う)のでOK
  • 「無下」は漢字表記によって意味を獲得したもので、事例としては特殊か
  • 変化の類型を示す論文は、ジャンプ漫画で強い敵出てきたときに、仲間がみんな集まってくるあの感じがして好き
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    この感じ

*1:工藤浩(1983)「程度副詞をめぐって」渡辺実(編)『副用語の研究』明治書院

*2:鳴海伸一(2009)「「相当」の意味変化と程度副詞化」『国語学研究』48

*3:市村太郎(2011)「副詞「だいぶ」について:近世語を中心に」『早稲田日本語研究』20:

*4:鳴海伸一(2012a)「程度的意味・評価的意味の発生:漢語「随分」の受容と変容を例として」『日本語の研究』8-1

*5:鳴海伸一(2013)「真実性をもとにした程度的意味の発生:漢語「真実」とその類義語を例に」『訓点語と訓点資料』131

*6:藤原浩史(2011)「真の情報を導く副詞の形成」中央大学人文科学研究所(編)『文法記述の諸相』

*7:鳴海伸一(2008)「「むげ」の意味変化」『国語学研究』47

*8:ここ読んで素人みたいに「ああ確かに~!と言ってしまった」

*9:田和真紀子(2012)「評価的な程度副詞の成立と展開」『近代語研究』16

*10:小野正弘(1997)「形容詞連用形における意味的中立化」川端善明・仁田義雄(編)『日本語文法体系と方法』ひつじ書房

*11:田和真紀子(2014)「中世後期から近世初頭における高程度を表す副詞の諸相:高程度を表す評価的な程度副詞を中心とした体系と主観化傾向」『国語語彙史の研究』34