ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

ココスの「焼きしめる」

はじめに

  • 久々にココスに行ってビーフハンバーグステーキを食べようと思ったら、「お召し上がり方」から「焼きしめる」が消えていた

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2018/06/22撮影

↑かつてはこうだったはず

そのうち、特に次の記述が注目される。 ポップだけの問題ではなく、店員が口頭でも用いるよう統一されていたことがここから分かる。

暖かい店内で暖かいお料理を頂いて人心地ついた時、

おや?っと思う言葉が耳に入ってきました。

近くのテーブルにハンバーグを運んできた店員さんが、

「よくヤキシメテお召し上がりください」と言っていました。

「ヤキシメテ」って、方言!?

旦那も「ヤキシメテ」に引っ掛かったようで、

「今変なこと言ってなかった?」と怪訝そうな顔で聞いてきました。

私も「何だろう?」なんて言っていたら

テーブルの端のポップに、衝撃の文章が!!

焼きしめて | ゆるゆるな毎日

複合形式としての「~締める」「~締め」

毎度毎度ココスに来ては「今日も焼きしめるぞ~」と思っていたが、こういう形の別れになるとは思っていなかった

というわけで、日本国語大辞典(第2版)に立項のある「~締める(しめる・ちめる)」を見る*1

  • いれ‐し・める 【入締】〔他マ下一〕十分いれる。たっぷり酒を飲む。
  • かみ‐し・める 【噛締】(1)力を入れてかむ。強くかむ。また、物を強くかんで、声などを洩らすまいとこらえる。
  • くい‐し・める[くひ‥] 【食締】〔他マ下一〕くひし・む〔他マ下二〕
    • (1)「くいしばる(食縛)(1)」に同じ。
    • (2)十分に飲み食いする。たらふく食う。
    • (3)おさえて出ないようにする。こらえる。
  • だき‐し・める 【抱締】〔他マ下一〕だきし・む〔他マ下二〕しっかり抱いてしめつける。かたく抱いて離さない。
  • たたき‐し・める 【叩締】〔他マ下一〕ひどくなぐってこらしめる。ぶちのめす。のす。
  • にぎり‐し・める 【握締】〔他マ下一〕にぎりし・む〔他マ下二〕 握った手に力を入れてしめつける。しっかりとつかまえる。かたく握る。
  • はき‐し・める 【履締・穿締】〔他マ下一〕はきし・む〔他マ下二〕しっかりとはく。
  • ひき‐し・める 【引締】〔他マ下一〕ひきし・む〔他マ下二〕
    • (1)引っぱってしめる。強くしめる。
    • (2)抱き締める。
  • ぶっ‐し・める 【打締】〔他マ下一〕
    • (1)「ぶっちめる(打締)(1)」に同じ。
    • (2)「ぶっちめる(打締)(2)」に同じ。
  • ふみ‐し・める 【踏締】〔他マ下一〕ふみし・む〔他マ下二〕力を入れてしっかりと踏む。踏んで固める。

「ぶっちめる」に同じとあるので、音変化の「~ちめる」も見ておく(例は省略)

  • ぶっ‐ち・める 【打締】〔他マ下一〕
    • (1)たたきのめす。ぶちのめす。また、取り押えてしめつける。とっちめる。ぶっしめる。
    • (2)(「ぶっ」は接頭語)強引に情交する。ぶっしめる。
    • (3)評判をとる。喝采を博す。 (チメ)てくれべヱ」
  • かっ‐ち・める 【掻締】〔他マ下一〕
    • (「かっ」は接頭語)物をきつくしめる。また、気をひきしめる。
  • しっ‐ち・める 【─締】〔他マ下一〕
    • (「しっ」は接頭語)強く締める。
  • ひっ‐ち・める 【引締】〔他マ下一〕(「ひきしめる(引締)」の変化した語)
    • (1)強くしめる。
    • (2)全体をまとめる。合計する。また、要約する。

さらに、名詞化した「~締め(しめ・じめ)」を見ておく(例は省略、適当に抜粋)

  • あぶら‐しめ【油締・油搾】〔名〕(「あぶらじめ」とも)(1)油をしぼること。また、その職人。
  • あら‐じめ 【荒締】〔名〕加工材料の金属塊や板金などを、おおまかな形に、大鎚(おおづち)などで鍛え上げること。鍛造作業のうちでの最初の工程。
  • いけ‐しめ【生締・活締】〔名〕(「いけじめ」とも)
  • おお‐しめ[おほ‥]【大締】 〔名〕物事の決着を祝って大勢でいっしょに手を打つこと。
  • くらい‐じめ[くらひ‥]【食締】〔名〕生活に困ること。また、その者。
  • そう‐じめ【総締】〔名〕(「そうしめ」とも)(1)全体をまとめて計算すること。内訳を全部まとめた計算。総計。合計。(2)全体をとりまとめること。また、その人。(3)手じめをいう。
  • とこ‐しめ【床締】〔名〕水田の床に、水漏れを防ぐため粘土などを入れること。
  • とり‐しめ【取締】〔名〕(「とりじめ」とも)(1)(多く「とりしめ(も)なし」の形で用いられる)しまり。まとまり。とりとめ。とらえどころ。
  • の‐じめ【野締】〔名〕野外で鳥などを締め殺すこと。また、生簀(いけす)からではなく、直接川や海からとった魚の鮮度が落ちるのを防ぐために、水揚げしたらすぐにその場で殺すこと。また、その魚。
  • のど‐じめ【喉締】〔名〕喉をしめ上げること。飲み食いさせないこと。特に酒を飲ませないこと。
  • みず‐しめ[みづ‥]【水締】〔名〕掘り返したり埋め立てた土地などに水をまいて固めること。
  • やき‐しめ【焼締】〔名〕

    • (1)形づくった器物を、水分を取り除くために窯(かま)に入れ、低火度で焼くこと。締め焼き。
    • (2)高火度の酸化炎で固く焼きあげた、釉(うわぐすり)を用いないせっ器質の焼き物。備前焼常滑焼・信楽焼など。
    • これは直接関係しないだろうと思う
  • 「しめる」の持つ意味*2で、この話と関係のあるものは、

    • 強く圧を加えた状態にする
      • 「固定する」ことが全面に出れば、紐状のもので、結んで固定する(紐をしめる)へ
      • 強く固定する」ことが前景化して、体の一部などを、強く挟み付ける(首をしめる)や、さらに家畜などを殺す(釣ってすぐに締める)へ
        • 終わらせる(会を締める)*3
  • ここから、複合動詞後項となって「しっかりと~する」とか「~し終える」*4のような意に抽象化される一群

    • いれしめる、くいしめる(2)、はきしめる、など
    • にぎりしめる、だきしめる、ふみしめるあたりは、何かが締まるので、かなり「締める」意を残す
      • これは「しっかり~して締める」のように一般化できる、特に「踏みしめる」は「締まった状態にする」意もあり(土を踏みしめる)

「焼きしめる」に戻って

  • 「焼きしめる」もこのあたりから類推的にできた(しっかりと焼いて、肉が締まった状態にする)複合動詞と考えるか、もしくは
    • 同じ料理の動作である「煮しめる」からの類推も考えられる
      • ただし「煮しめる」は染みた状態にする「煮染める」である
      • 煮しめる」には余田(2015)*5がある
    • 「充分に焼きしめて」とあるので、「~締める」系の複合動詞と見ておくがしかし、
    • 煮しめる」が形態的に後押しした可能性は考えられるし、むしろ元の「染める」の意が失われて「煮締める」として用いられる例もある
      • 骨切りしたフナを入れ、身が固くなるまで煮締める(琵琶湖八珍: 湖魚の宴 絶品メニュー
      • 現代では対象変化を表す場合に他動下二段の「染(し)める」がなく、「自動詞+させる」の「染みさせる」へと移行している
  • 類例に(ご飯を)「炊きしめる」もある
    • 熱を逃さず、ギュッと炊きしめる東芝 RC-18GX・RC-10GX
    • 炊きあげ直後に1.05気圧まで減圧し、約280度の高温炊きあげにより、ごはん粒を炊きしめ、「ふっくらもちもちなのに、一粒ひと粒がしっかりおいしい」(タイガー JPX-A1
      • これも「しっかり炊いて、ご飯が締まった状態にする」意で、東芝の「ギュッと」がわかりやすい
      • ハイエンド炊飯器で炊きしめたお米、おいしそう

*1:長くなるので、内部派生っぽいもの意味は除く、例は省略

*2:「閉める」も同根だがここでは措く

*3:「締まっていない状態から締まった状態にする」こと

*4:「しまう」が「~てしまう」になってアスペクト的意味を持つのと類似する

*5:余田弘実(2015)「近世料理書におけるニシメルとニツケルをめぐって 」『國文學論叢』60