ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

三宅俊浩(2019.12)近世後期尾張周辺方言におけるラ抜き言葉の成立

三宅俊浩(2019.12)「近世後期尾張周辺方言におけるラ抜き言葉の成立」『日本語の研究』15(3)

要点

  • 尾張のラ抜きについて論じたい
    • 使用率の高い中国四国・東海東山が不連続であり、京阪・東京では使用率が低く、中央語史の観察だけでは成立過程の解明が困難である
  • 調査、
    • 19C初頭にはラ抜きが確認され、
    • 幕末頃には既にラレル形が見出し難くなっている
    • 2拍動詞はラ抜き、3拍以上はラレルという偏りがある一方、上方にはラ抜きが見られないので、独自の成立過程を想定する必要があろう
  • 先行説の検討、
    • ar脱落説は、2拍動詞にのみ出現した理由を説明し難く、可能動詞の派生元にレルを位置付ける点も問題
    • ラ脱落説は、なぜ可能の場合のみラが脱落するのかを説明できない
    • ラ行五段動詞からの類推説は有力ではあるが、地域差を説明できない点で問題が残る
  • 尾張のラ抜きの成立要因を、尊敬と可能の衝突の回避と、異分析の過剰適用に求める
    • 近世後期上方・江戸の可能のラレルは、いる・寝る・出るに動詞に偏り(おそらく尾張も同様)、これらの動詞はラレルがついた場合に受身を表さず、相補的である
      • 五段動詞で可能動詞が確立しても、一段動詞で新たな可能表現を成立させるだけの動機はなかった
    • 尾張は(ラ)レル敬語の運用が豊富であり(一方、江戸・上方では盛んではない)、下図の⑦⑧⑨、⑪⑫の衝突を避けるのが、一段動詞の可能専用形式産出の動機である

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p.10

  • これが特に、ラ行五段動詞においては可能・尊敬の対立がラ音の有無(~レル/~ラレル)と捉えられ、その異分析が2拍一段動詞に適用されたと考えられる
    • この動きを推進したのはラ行五段動詞の所属語数の多さよりも運用の多さで、最頻出である存在動詞オルが類推の元となったと考える
    • 中国地方のラ抜きの分布も同様の条件を満たし、仮説を強化する

雑記