ronbun yomu

言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

堀尾香代子(2018.3)『万葉集』にみる非活用語に下接する文末助詞「や」

堀尾香代子(2018.3)「『万葉集』にみる非活用語に下接する文末助詞「や」」『北九州市立大学文学部紀要』88

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要点

  • 一見特異に見える、活用語につかない文末の「や」の性質
    • 多くは終止形・已然形に下接して疑問・反語を表すが、それとは性質が異なる
    • 文中の「や」(間投助詞)とも異なる

文末の「や」

  • 「文末に現れる「非活用語+ヤ」の「や」は、その多くが不確実性の強い事柄や不安・不満の残る事柄を対象とし、これを柔らかなニュアンスをもって話し手(言語主体)自身や聞き手に持ち掛けるという特徴をもつ。」(p.86)
  • 助詞+ヤ。
    • 天飛ぶや鳥にもがもや(夜)都まで送りまをして飛び帰るもの(876)
      • 成立した文「~もがも」に下接して、話し手の感動・詠嘆を添えており、間投助詞的性格が強い
    • 白玉を手に取り持して見るのすも家なる妹をまた見ても(=見てむ)もや(也)(4415)
      • 「~見てむ」に「もや」がつく、類例に「~もよ」あり*1
    • 世の中は恋繁しゑや(夜)かくしあらば梅の花にもならましものを(819)
      • 間投助詞「ゑ」+「や」の例、類例に「しゑや」「よしゑやし」
      • 感動的連語「はし(=愛し)きやし」
    • 思い通りにならない不本意な事柄について嘆息するもので、終助詞・係助詞の「や」に認められる対聞き手性は「よ」と比較するとそこまで認められない
    • 「場面への志向性」が強いものと認められる
  • 副詞+ヤ。
    • 絶ゆと言はばわびしみせむと焼き大刀のへつかふことはさきくや(也)我が君(641)
      • 「お元気ですか」のような挨拶語的なもの、呼びかけ性が高く、不確かな事柄を包み込むので、疑問表現へと傾く
  • 形容詞語幹+ヤ
    • 常世辺に住むべきものを剣大刀己が心からおそや(也)この君(1741)
    • 「語幹+や」は中古以降に増加(本筋ではないがメモ)

文中の「や」とまとめ

  • 対聞き手的に用いられる文末「や」は、文中の「や」に近いが、文中「や」は疑問表現に傾くことはない
    • 我妹子や(哉)我を忘らすな(3013)、檀越や(也)然もな言ひそ(3847):呼びかけ+禁止の例
  • 聞き手に向かうものは疑問表現に繋がりやすく、その点で終止+ヤ、已然+ヤに近い*2

*1:この例の「「や」はすでに成立した文(意思表現)の外側に位置して、これを持ち掛ける役割を果たすがゆえに、助詞「も」の下に位置することになる」(p.92)とあるが、「~見てもも」で文成立と認めてよいか?

*2:「話し手(言語主体)自身や聞き手に持ち掛ける機能を果たす。」に対する「そのような文末助詞「や」は、元来不確実な点や不安・不満の残る点を解消しようとする疑問・反語表現へと連なりやすく、」の「そのような」は、議論の流れから言うと後者のみを指すか?