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言語学(主に日本語文法史)の論文を読みます

川瀬卓(2017.12)副詞「どうやら」の史的変遷

川瀬卓(2017.12)「副詞「どうやら」の史的変遷」『語文研究』124

要点

  • 副詞「どうやら」の推定用法の成立と周辺現象に関して
    • 「どうやら太郎のようだ」などの推定との共起制限が成立期にはない
  • 感覚的描写→感覚的描写&推定 という変化の筋道を立て、一般的な傾向と、周辺形式との張り合いとの関係性から見ていく

史記

  • 「どう」は中世末から近世初期
  • 「やら」はにやあらむ>やらむ>やらう・やらん>やらで、不定+やらの例は中世にはすでにある
  • 初期は感覚描写を示す「どういうわけか」相当:どうやら涙がこぼるゝ(傾城壬生大念仏)
    • 内的な感情描写(どうやらこゝろもとなく)と、外的な知覚の描写(どふやら御顔持も勝れず)に二分される
    • 間接疑問的・注釈的な「やら」と連続する:どうしたことやら/気に入らぬやら返事がない
  • 近世後期に至ると、江戸語では推定の用法が見られるようになる:どふやらはづかしいやうだ(膝栗毛)
  • 近代には現場性のない例あり:現皇帝はどうやらソレ程の敬慕がないらしい
    • 大正に入って過去の例も見える:どうやら~ようだ/どうやら~らしい
    • 現状描写よりも、現状解釈の性格を強める
  • 現代では、感覚的描写を表さない

変化の背景

  • まず一般的傾向として、現状描写の形式から現状解釈の形式へと変化しやすいこと
    • 終止なり、げな、そうだ、らしい、模様だ、など
    • 副詞においても「どうも」が同様の傾向を示す
  • 感覚的描写の衰退に関しては、類義語「どうも」「何か」「何だか」との張り合い関係があるか
    • 「どうも」はもともと否定としか共起しない(どうも調わ)が、近世後期に感覚的描写を表す(どふもやぼな形だぞ)ようになる*1
    • 近い「何か」「何だか」も近世後期江戸語で用いられるようになる
  • 江戸語に現れる「どうか」は「どうやら」と形態的に隣接し、もともとは感覚的描写を表すが、行為指示との共起が目立つようになり(「どうぞ」に近接)、「どうやら」の領域を侵さなかった

*1:ここは前者も感覚的描写なので、述部が否定という制限が緩和したと見るべきか